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璃月港の酒場「三杯酔」。夕暮れ時にこの店自慢のテラス席で一人静かに酒を飲んでいる男がいた。往生堂の客卿、鍾離。知識人として知られる彼だが、その正体はこの璃月の地を統治していた岩王帝君こと岩神モラクスである。
とはいえ今は神の座を降り、凡人としての生活を送っている。知識人として知られる彼を頼る者は多く、この日は休暇だったにも関わらず、骨董商や石屋を数件回って博物学の知識を丁寧に解説して回り、この行きつけの店で夕餉を取ったところだ。酒場というのは昔から噂の集まる場で、ただ酒を飲んでいるだけでいろんな話が耳に入ってくる。
「今度はドッコサクだとよ。これで何人目だよ」
「飛雲商会のお坊ちゃままで消えちまったってんで、千岩軍も総出で捜索に当たってるって話だ。それなのに一向に手がかりが見つからないってのは……」
連続少年失踪事件。ここ数日、璃月港はその話題で持ちきりだった。十代の男子が既に十数名、何の前触れもなく姿を消してしまったのだ。神の座を降りたとはいえ、鍾離にとっても捨て置ける話ではない。彼は近くに立って噺の準備をしていた講談師に手招きし、呼び寄せた。常連客である鍾離にとって、田饒舌というこの噺家は馴染みの相手だ。
「聞いていただろう。失踪事件に関して、何か他に知っていることはないか」
「はぁ、それなんですが」
と田饒舌は声を低くした。誰も信じちゃくれませんがね、と前置きして、
「ある筋から聞いた話です。消えた少年たちが、夜中にただならぬ様子で徘徊しては、次の獲物になる少年を探しているというのです。その様はまるで魂を失った抜け殻のよう。そして少年が少年を襲うと、襲われた少年もまた生気を失い、次の獲物を探して徘徊を始める。何でも彼らの本拠は無妄の丘にあって、そこへ帰っていく姿を見た者もいます。……怪談じみた話ですが、私はその話を信じているのです。鍾離先生は、どう思われます?」
鍾離は陶器に入った酒を軽く煽って薄く笑った。
「いかにも、うちの堂主が好みそうな話だ」
店を出た鍾離はその足で無妄の丘へ向かった。
(抜け殻、か。魂魄を引き剥がす仙術の類だろう)
そうなると仙人が関わっている可能性が高い。ちょうど昼間会った行商人から、降魔大聖・魈を無妄の丘で見かけたが、少し様子が妙だったなどという話を聞いていた。あまり考えたくはなかったが、この事件に魈が関わっているのではないか。
「……直接確かめてみるよりほかあるまい」
無妄の丘にたどり着く頃には、辺りはすっかり暗くなっていた。夜霧が立ち込めるそこには、果たして魈の姿があった。
その眼光に鋭さはなく、暗く淀んだ目を鈍く光らせている。一見して、魈の体から禍々しい邪気が漏れ出ていることに気づいた。
だが特に苦しんでいるような様子はなく、一見すると理性を保っているようにも見える。魈は鍾離が来ることを予見していたようで、恭しく拝跪して挨拶を述べた。
「お待ち申し上げておりました。このようなところまで御足労いただき……」
「いい。要件はわかっているな」
「はっ……」
魈は立ち上がり、腰に下がった布をめくり上げた。そこには数珠に括り付けた赤、青、水色の3つの玉が、装飾品のように腰に巻かれていた。それを外して鍾離の前に掲げる。
「これのことでございましょう」
「……!これは……」
さすがの鍾離も眉を顰める。よく見ると、玉には顔がついていた。行秋に重雲、そして嘉明。行方不明になった少年達の顔だ。顔の真下には尻と性器がくっついている。3つの顔のうち、中央の行秋は口を窄めて自らの性器を咥え、両端の2つは自分の勃起した男根で片頬を圧迫されている。玉の隅には申し訳程度に手足がくっついていた。
少年達を無理やり球体に圧縮したような姿。正確には、これは、少年達の魂。肉体から引っこ抜かれた、彼らの精神、いわば人間としての根幹にあたるものだ。それをこんな無惨な物へ変えて装飾品のように腰に提げているとは、やはり魈は正気ではない。恐らく、強力な妖気に当てられて妖魔へ堕ちたのだろう。
「お前ほどの者がこのような邪な物に憑かれ、罪もない少年達を手に掛けるとはな。ふむ、地脈の関係か、よほど厄介な邪念の塊だったか。その玉は……彼らの魂か?」
「仰るとおり、肉体から排泄された魂を丸めたモノです。この魂魄の核を肉体に戻せば、辛うじて一命は取り留めましょう」
「そうか。それは良かった。では、それを渡してもらおう」
「わかりました。ただし、コレと引き換えに帝君に恵んでいただきたいものが」
「なんだ」
「帝君の……ザーメンです」
モンド風の言葉を使い、唇を舐めながら艶っぽく微笑する魈。予想もしなかった答えに、さすがの鍾離も面食らった。
「ザーメン……。随分と馬鹿げた事を言うのだな。あいにくそのようなものは……」
一蹴しようとすると、魈が不気味な笑みを浮かべて遮った。
「よろしいのですか?童どもの魂は、文字通り我が掌の内。」
そう言って、魈は、行秋の玉の底面……尻の穴に指を差して抜き差しした。玉はビクビクと震えて揺れ、その振動で両端の玉も振り子のように左右に揺れる。苦悶の表情を張り付けて痙攣する三つの玉には、確かに意識が宿っているように感じられた。
「既にこやつらの精気は吸い付くしております。このとおり、穴を突くと面白い反応をするのですが、もはやただの出涸らし。なにぶん穴が狭すぎて我が槍を用いることもできぬ故、了承いただけないのであれば、杏仁豆腐に加工して喰らうまで♡」
「……そのように品のない冗談、お前には似合わないぞ」
我が槍という言葉が何を指すか、魈の盛り上がった股間を見れば一目瞭然だった。眉を顰める鍾離を気にする様子もなく、魈は恭しく言葉を続ける。
「不敬は百も承知。業障よりも堪えがたい体の火照りを抑えるため、この怨霊が好む少壮の士を襲って参りましたが、一向に我の渇きは癒えませぬ。我が欲するのは、誰よりも濃く美味な種汁。……しかし応じていただけぬのであれば、璃月中の若いオスの魂を吸い尽くすよりほかありません」
虚ろな目に一瞬鋭い眼光が宿った。単純に憑依されて体を乗っ取られているというわけではない。邪気に侵され、魈そのものが種汁中毒の妖魔と化している。おそらく日が経ってしまったせいで邪気と魔神の残滓が完全に体に馴染み、魈本来の知識や身体能力を保持したまま一種の洗脳状態に陥っているのだろう。
厄介なことになった。鍾離は目を閉じて肩をすくめ、ため息を吐く。
「魂までも辱めるとは、酷いことをする。これ以上は見過ごせないな。俺が相手になろう。それを渡してもらうぞ」
鍾離は毅然と魈を見据え、静かに槍を取り出した。