「光也、友達でも来てるのか?」
光也が居間でゲームをしていると、部活を終えて帰宅した兄が、ドアから顔を覗かせて声をかけてきた。
「そーだけど」
「あ、矢倉先輩。邪魔してまーす」
「こ、こんにちは」
顔も向けない弟に代わり、友人たちが返事をする。
「おう、ダイキ。お前、部活来てないと思ったら、こんなとこにいやがったのか」
「うへっ、ばれちった。まぁまぁ、そんな堅いこと言わないでくださいよー」
「はは、まったく。せっかくセンスあるんだから、もうちょっと真面目にやれよな」
兄が爽やかに笑いかけていると、弟が初めて視線をむけて、ぽつりとつぶやいた。
「邪魔なんだけど」
「わかったわかった、そう邪険にするなって」
苦笑しながらダイキたちに軽く手を振って、兄は階段を上がっていった。
「やっぱ男の鑑だよなー、お前の兄貴」
しばらくして、光也と対戦中のダイキが呟いた。
「羨ましいよなー。俺もあんな兄貴が欲しかったよ。なんでお前、先輩にあんな冷たいんだよ?」
「うるさいな」
光也は画面から目を離そうとしない。ひたすらコントローラーの上で指を走らせていく。
「でも、勉強もできるし、優しいし、サッカーもうまいし………憧れちゃうな、僕。」
後ろで2人の対戦を眺めていたショウタが、ため息まじりに言った。途端、ダイキが「あっ」と短い悲鳴を漏らす。光也の必殺コンボが炸裂したのだ。
「おーおー、容赦ないねぇ」
ショウタの隣で菓子をつまみながら、ケンイチが楽しそうに口を歪める。あっさりKOされたダイキは、コントローラーを投げ出して立ち上がり、光也を指さして叫んだ。
「なんだよお前、いつも先輩の話になるとそんな風にキレやがって」
「別に?気のせいだろ」
光也が兄に似た整った顔に卑屈な笑みを浮かべると、からかうようにケンイチが言った。
「嫉妬だよ嫉妬。完璧すぎる兄貴を持っちまうと大変だよなぁ、そりゃ」
「ははは。そっかそっか、光也は何をやっても人並みだしなぁ」
光也は涼しい顔を崩さず、
「猿並みの脳もないダイキの方が可哀想だよ」
「んだとコラぁ」
ダイキが光也に掴みかかる寸前、居間のドアが開いた。
「おいどうした?喧嘩か?」
心配そうな顔をした光也の兄………恭介だった。
「いえいえ、いつものことですから」
ケンイチがニコニコしながら言うと、恭介は納得した風で引き返していく。
「馬鹿も大概にしとけよ、ダイキ、光也」
ドアが閉まると、ショウタが顔を赤らめ、独り言のように言った。
「はぁー、やっぱりかっこいいよねぇ、恭介さん」
「おい、もう8時だぞ。いい加減帰れよ」
あからさまに不機嫌な光也を平然と無視して、ケンイチが続ける。
「本当本当。同じ人間とは思えないね。屁もしないし、鼻もほじらない感じ」
「あははは、さすがにそりゃねぇだろ!ま、確かに全然想像つかないけど」
「ちょ、ちょっと。恭介さんに失礼だよ」
盛り上がる3人を追い立てながら、光也がぶすりと呟いた。
「ふん。兄貴も人間だからな。屁もこくし鼻もほじるさ」
3人が玄関を出ると、光也は兄の部屋の方を見上げて、冷たく笑った。
「そのうち見せてやるよ」
深夜2時。
予習をしていた恭介は、ノックの音に飛び上がった。両親はもう寝ている時間だ。「彼」しかいない。
「お、おう。光也。どうした?こんな時間に」
弟は返事もせずに上がり込むと、それまで兄が使っていた椅子の上で足を組む。すると兄は、さも当たり前のように、弟の足元に正座した。
「兄貴ってさ。今更だけど、すっげぇ人気だよね」
「そ、そうかな?」
照れ臭そうに頬を掻きながら、恭介は恐怖と、それに伴う期待をおぼえた。
「女子の間にファンクラブがあるのは知ってたけど、男子まで顔染めてんだぜ?まったく、笑っちゃうよな。まるでアイドルだ」
言いながら光也は片足の靴下を脱ぎ、蒸れた足を兄の眼前に差し出した。
「こんな豚が、さ」
恭介は顔を蒸気させながら、ペロペロと弟の足を舐めまわしていた。
「ご、ごめん光也。俺、そんなつもりじゃ」
「わかってるよ兄貴。あいつらは勝手に幻想を見ているんだ。兄貴の後ろにさ」
光也がパジャマのズボンを下ろすと、恭介はその股の間に顔を埋め、パンツを丁寧にくわえてずり下ろした。
「あはは、さすがにこんな変態だなんて誰も思わないだろうけど。それにしたって、屁もしないし鼻もほじらない、ってのは幻想が過ぎないか?」
「んぱっ、んぽっ、しょ、しょのとおりらよ、こーや」
学校中の憧れである爽やかな美少年は、うっとりとしながら弟の性器をしゃぶっている。
「光也、じゃないだろ豚が」
光也は、兄の鼻の穴に指を掛けてぐいと持ち上げた。
「んごっ!?しゅ、しゅみまへん、ごしゅじんしゃまぁ!」
豚のように鼻を広げたマヌケな姿は、昼間の爽やかな笑顔からは想像がつかない。恭介の口の中で、光也のペニスが膨れ上がる。
「うわ、きたねぇ」
兄の鼻から抜いた光也の人差し指と中指の先端には、黄緑色の固形物がこびりついていた。光也はその指を乱暴に兄の顔に擦り付ける。
「兄貴はさ、こんなに汚くて醜いのに、鼻もほじらないし屁もこかないの?」
「ほ、ほじるよ!鼻もほじるし、屁もこく、ウンコだってする。おまけに、弟になじられて喜ぶ、どうしようもない変態なんだ!!」
頬に自らの鼻くそを光らせて叫ぶ恭介のズボンが、もっこりと盛り上がっている。光也がソコを蹴飛ばすと、恭介は涎をまき散らして悶絶した。
「ふふ、わかってるよ。無様で汚くて最低の、かわいい兄貴」
「光也!光也!ご主人様ぁ!!」
恭介は自らのズボンとパンツを脱ぎ捨て、腫れ上がったペニスを扱き始めた。
優しい兄を、光也も尊敬していたし、愛してもいた。だが兄の愛が歪んだものであると気づくと同時に、兄への愛も大きく歪んだ。まだ光也が小学生だった頃のことだ。
何をやっても完璧な兄。誰にでも優しい兄。その正体を知っているのは、世界で自分だけ。それは嬉しくてたまらない。だが、こんな豚がもてはやされて、こんな汚物にショウタが顔を赤くしているのは癪である。
「なぁ兄貴。兄貴が普通の人間だってこと、あいつらにちょっとだけ見せてやろうよ」
「え?」
ペニスを激しく扱きながら、小動物のようにきょとんとした顔をする恭介。やっぱり兄貴はマヌケな変態だ、と光也は思う。普段完璧なだけに、どうしようもない馬鹿に見える。
「弟のチンポが大好きなマゾ豚だってことはさすがに黙っといてやるけどさ。鼻もほじらない、屁もこかない、ってのは虚像が過ぎるじゃないか」
光也が「計画」を聞かせると、恭介は一瞬戸惑ったような顔をしたが、すぐに淫蕩な顔に戻って、
「うん………。やるよ俺。ご主人様の命令なら、何だってさ」
そう言ってぶちまけた精液を綺麗に舐めとると、恭介は再び弟のチンポをねだりだした。
翌日。
ダイキは例によって、ショウタとケンイチと連れ添って電車に乗っていた。休日は大概いつものメンツで街まで繰り出すのだが、今日は光也がいない。
「光也くん、急用ってなんだろうね」
「はは、どうせまだ昨日のことで拗ねてるんだろ。あーあ、ダイキのせいでなぁ」
「馬鹿、あれはお前が悪いんだろ」
軽くため息をついて窓の方を向いた。ダイキとしては、光也が恭介のことでいちいちムキになるのが不思議でしかたがなかった。幽霊部員とはいえサッカー部に所属しているダイキにとっては、恭介は頼れる先輩である。素直に憧れて、それを素直に口にしたに過ぎない。だが、そういうところが無神経なのかもしれない、と、最近少し考えるようになった。兄弟のいない自分にはわからないコンプレックスが、光也にはあるのかもしれない。
「ない頭で何考えても意味ないぞ」
ケンイチが軽く頭をこづいてくる。こいつは、人の考えがわかるのだろうか。いつも妙に冷静で、大人びたところがある。ダイキがなにか悪態をついてやろうとケンイチに向き直ったとき、ショウタが小さな体を座席から乗り出させて言った。
「ね、あれ、恭介さんじゃない?」
ショウタが指した先には、確かに恭介がいた。ダイキたちの斜め前方、車両の隅の席に座って、本を読んでいる。少し離れているが、乗客がまばらなためよく見える。休日だからだろう、青いシャツに半袖のパーカーで下はジーパンといういでたちで、制服とユニフォーム姿しか見たことのないダイキには新鮮だった。
「ほんとだ。ちょっと挨拶してこようかな」
「ほっとけよ。読書の邪魔しちゃ悪いだろ」
立ち上がりかけたダイキの袖をケンイチが引く。確かに別に用もない。向こうが気づいてからでいいかと、ダイキは腰を直した。
「サッカー部のエースってイメージしかなかったけど、本読んでる姿も似合うよね。なんか知的っていうか………」
ショウタが言いかけた、その時だった。
右手で持った本に視線を落としたままの恭介の左手がゆっくりと上がり、人差し指が伸びて………左の鼻孔の中に吸い込まれていった。
「………………」
ショウタは思わず黙り込んでしまった。3人が無言で目を離せずにいると、恭介の指は豪快に鼻孔の中で暴れ、鼻の形がいびつに変わり続けていく。そのうち、上の方の鼻糞をとっているのだろうか、内側から鼻が上向きに持ち上がると、その力で口がうっすらと開いていく。醜く歪んだ端正な顔の中で、本に視線を落とす目もとだけが涼やかなままで、それが逆に滑稽だった。やがて恭介は指を引き抜くと、すぼめた口にその指を押し当てた。ダイキたちに気づく様子はなく、ちゅぱちゅぱとハナクソをしゃぶっている。
「おえぇー」
ケンイチが大げさにえづいた。その声でダイキははっと我にかえり、視線を外した。
「お、おい。何見てんだよ。そんなことよりホラ、あれだ。えっと………」
馬鹿なダイキには、とっさに話題を変えるなどという器用なマネはできない。
「もうすぐ期末テストだねー。勉強してる?」
ショウタの助け舟に、ダイキはほっと息をつく。だがケンイチはニヤニヤと恭介の方を眺めたままだ。
「おい………」
ケンイチを諌めながら、ついつられて目をやると、恭介は本をしまって右手で携帯をいじりながら、今度は左手の小指を伸ばして右の穴をかき回している。とてもあの先輩とは思えないアホ面だった。再び固まってしまったダイキの耳元で、シャッター音が聞こえた。ぎょっとして隣を向くと、ケンイチが身を乗り出して携帯を恭介の方に向けている。
「やっぱ、光也の兄貴もただの人間だったね。ま、俺は人前でハナクソほじったりしないけど」
ケンイチの微笑に、ダイキはなぜか恐怖を感じた。
―――そうだな。次はブツをこねくり回して、その辺になすりつけろ
左手で鼻をほじくりながら、恭介は弟からのメールを確認し、命令通り、引き抜いた指でハナクソを練り始めた。ちらっと横の窓から隣の車両をうかがうと、見下すように口端を吊り上げた光也が見える。恭介は完全に勃起していた。
(俺は、どこまで変態になってしまったんだろう)
他の2人はともかく、ダイキは部活の後輩である。これが噂になったら………。しかしそう思うほどに、股間が熱くなるのを感じてしまう。
弟が見える窓には、あの3人の姿も鏡のように映りこんでいる。そのうちの一人、確かケンイチといったか、その少年が、先ほどから自分の痴態を撮影しているようだ。焦ってメールで弟に相談すると、随分喜んだ顔をして、
―――もっと撮らせてやれよ
と返信してきた。光也がそう言うならと、恭介はもはや見せつけるようにハナクソをほじり続けている。
しばらく続けると、弟が新たな指令を下してきた。
―――もういいよ。次は屁をこいてきて
了解、と送ると、恭介は指を空いたシートでふき取って、今気づいたかのように3人に顔を向けた。3人は慌てて目をそらしたが、恭介は構わず立ち上がり、歩み寄る。
「よう、ダイキたちじゃないか、どこ行くんだ?」
3人の正面の吊り革につかまり声をかけると、ダイキとショウタはバツが悪そうに笑顔を作って
「あ、せ、先輩。ちーす、奇遇っすね」
「こ、こんにちは」
と応じるが、ケンイチはニヤニヤと不敵に、見下すように微笑しながら黙っている。
「今日は、光也は一緒じゃないんだな」
「あ、そうなんすよ、急用とかでドタキャン。先輩、なんか知ってます?」
「うーん、そういや腹壊してたなー」
白々しいことを言いながら、恭介は腹部に力を込めた。古典的だが、朝からサツマイモをたっぷり食べ、先ほどからガスを我慢して溜め込んでいたのだ。だから、それで十分だった。
ブウッ ブウーッ
二発。わりとでかい音だ。電車の音にかき消されて周りには聞こえていないだろうが、3人には確実に届いている。案の定、ダイキは顔をしかめて黙りこんでしまった。すぐに立ちこめる硫黄に近い悪臭。
ブッ… ブピーッ
恭介の尻が再びマヌケに吠える。こらえきれなかったのか、ケンイチが声をあげて噴き出した。
「あははっ、先輩も腹壊してるんですか?」
「えっ、あ、わ、悪い。屁ぇこいちゃったな」
「あははは、先輩、マジで臭いですよ。何食べてたらこうなるんです?」
ケンイチが大げさに鼻をつまみながら追い打ちをかける。まさかここまでストレートに馬鹿にされると思ってなかった恭介は、顔を赤らめ、笑ってごまかすしかない。だが、その股間は膨らみを増していった。
ダイキとショウタは、どうしていいのかわからないのか、とりあえずつられて笑っていたが、鼻をひくつかせながら苦い顔をしている。臭いのだろう。確かに臭い、と恭介は自分でも思った。
「いやー、でも先輩も人間だってわかって良かったですよ。な、ダイキ、ショウタ」
「お、おいケンイチ」
普段は他人の言葉に皮肉を返すのが主体のケンイチが妙に饒舌になり、ダイキは尻ごみしてしまう。もとより大人しいショウタにも、ケンイチを止める術はない。
「後輩の前でこんな臭い屁をこくなんて。俺、てっきり先輩はオナラなんてしないと思ってましたよ」
「ははは、そりゃ、俺だって屁くらいするさ」
頭をかきながら、まずい、と恭介は思った。完全に主導権を奪われている。公共の場で、ご主人様以外の人間に辱められている。逃げ出す機会をうかがわねば。
「それにさっき、ハナクソもほじってましたよね?」
「え、そ、そうだったかな。それは気づかなかったけど」
「おいケンイチ、やめろよ」
「ケンイチ君!」
2人の制止を意に介せず、ケンイチは携帯の画面を恭介に見せつけた。
「ほらね。先輩って結構、厚顔無恥なんですね」
恭介の目に、自らの指で鼻を膨らました自分の間抜け面が飛び込んできた。
その瞬間、ケンイチが冷たく言い切った。
「キモいよ、先輩」
それがとどめになった。恭介は、手も使わずに、揺れにともなう衣服の摩擦だけで射精してしまった。それと同時に電車は駅に滑り込み、ドアが開く。
「あっ、俺、ここで降りるから!じゃ、じゃあまたな!」
屁の臭いと、ほのかに香る生臭さだけを残して、恭介は電車を飛び出していった。
ケンイチは大声で笑い、他の2人はただ茫然と恭介の後ろ姿を見つめていた。
「あっ、あの豚兄貴」
恭介が予定と違う駅で突然降りてしまい、隣の車両に残された光也は思わず立ち上がって舌打ちをした。ドアはもう閉まっている。屁をこかせにやってから、連絡はとれていない。3人と会話をしていたようだが、内容がわからない。
(何かハプニングでも起こったか?まぁいいか。後でおしおきだ)
光也は腰を下ろそうとしてふと隣の車両に目をやり、そこで………ケンイチと目があった、気がした。
(やべ、見つかったか?)
あわてて窓の死角に座り直す。一応、伊達メガネと帽子で変装までしてある。それにばれたところで、別にどうということもない。だが何だろう。この漠然とした不安は。
(………ふぅ)
わざわざ休日を使ってまでこんなことをして馬鹿じゃないかと、光也は自嘲ぎみにため息を漏らした。すると、メールに着信が入る。てっきり兄かと思ったが、ケンイチからだった。
―――お前の兄貴、結構面白いな
なぜか、寒気を感じた。窓を覗く勇気はない。だが、ケンイチがこっちを見て笑っている。俺を、嘲笑っている。そんな感覚がつきまとい、光也は、終着駅までじっと身を屈めていた。
(ちくしょう、何だってんだ。あの豚兄貴、後で散々痛ぶってやる。どうせ喜ぶだけだろうが…)
光也はやりようのない不安を、怒りで覆い隠そうとしていた。
(続く)