プロローグ
ここはよくあるファンタジックな世界。
魔王軍と人間が熾烈な戦闘を繰り広げる一方、魔王討伐の一環として注目が集まっているのが、各地に無数に存在する地下迷宮、いわゆる「ダンジョン」だった。
単純な罠があるだけの初級ダンジョンから、モンスターのひしめく高難度ダンジョンまで、その数は千を超えると言われる。
魔王と戦うため勇者たちが旅を続ける一方で、ダンジョン攻略を専門に行う冒険者たちも大勢いた。彼らがダンジョンを攻略して奥にある秘宝を街へ流す。それによって文明が発展し、高度な武器や魔法が開発され、勇者一行を間接的に支えているのだ。
そんなダンジョンを攻略する人材を専門的に育成するのが、冒険者育成学園、「アドベンチャースクール」、通称「AS」。勇者一行養成学校「ブレイブスクール」、通称「BS」とともに、この世界を代表する二大教育機関のひとつだ。
ある者は金銀財宝のため、ある者は街の平和のため、またある者は己の武を極めるため。
ASの生徒たちは日々努力を重ね、研鑽を積んでいる。
「当初の予定どおり、今日はダンジョンに出て実習を行う。班ごとに別れ、研修用ダンジョン1に向かい、奥の宝箱にある合格証を入手してくること」
1年A組。ひと月前に入学した生徒たちが、真剣そうな面持ちで教師の説明に聞き入っている。初めてのダンジョンでの実習に、緊張し、高揚し、興奮に沸き立っていた。が、3班の4人は違った。
「研修1って、今まで失敗した奴がいないっていう雑魚ダンジョンだぜ?俺ら、行く意味あんのかな」
バンダナを巻いた金髪の少年が机に頬杖を突き、日に焼けた頬に呆れたような微笑を浮かべた。シーフのラピス・ゴールドウォーターだ。
器用で要領がよく、何事も卒なくこなす。その分、お調子者だ。配布されたダンジョンの地図をひらひらと振ると、雑に丸めてゴミ箱に捨ててしまう。小さなダンジョンの地図など、一度目にすればすべて頭に入ってしまう。
まさにダンジョン攻略を専門とする冒険者にもってこいの人材だ。
「まぁまぁ、授業なんだから、足並みそろえないと。ラピス君には簡単すぎるだろうけど、冒険者として記念すべき最初の一歩だし、一緒に頑張ろう」
穏やかな笑みを浮かべてラピスを宥める、薄い緑色の髪をした美少年。彼がラピスの前で手をゆっくり動かすと、涼しい風がラピスの金髪を揺らす。
補助系魔導士のメルド・ミエルダ。商家の息子で、商業の一環として最近冒険者を志したばかりだが、異様に覚えがよく、既に簡単な風魔法や回復魔法は使えるようになっていた。誰に対しても優しく温和で、教師からの評判もいい。新緑色の帽子とローブという服装も相まって、癒し系のオーラを醸し出している。
「おいお前たち、あんまり気を抜くなよ。一応授業なんだ、真面目にやれ」
後ろから冷たい叱責が飛ぶ。凛々しい顔立ちの少年が腕を組んで2人を睨みつけていた。白い詰め襟に赤マント、ブロンドの髪という出で立ちは、その精悍な顔立ちも相まって、群を抜いて目立っている。
その実力も確かで、入学試験はトップ合格、先日の筆記試験では堂々の学年1位だった。由緒正しい騎士の家系で育った少年ナイト、ロッツ・ナーゼンだ。兄が魔王と戦うべくBSに入学したため、自身は冒険者として兄を支える道を選び、ASに入った。
ロッツに怒られたラピスは「へぇへぇ」と大げさに肩をすくめ、メルドは「ごめんね」と、笑顔で頭を下げる。ロッツは「やれやれ」とため息をつくと、隣の道着姿の少年を振り返った。
「セイシロウ、お前も油断するなよ」
「わかっている。あいつらと一緒にするな」
短く答えた少年は、それきり瞑目し黙ってしまう。白い鉢巻を巻いたこの少年は、玉水セイシロウ。真面目でストイックな格闘少年だ。少し幼さの残る顔立ちをしているが、その実力は既に三年生を上回っているとも言われる。
口数は少ないものの独りよがりなところはない。己の力を過信することなく、仲間との協力は惜しまない。魔王を倒すことよりも自らの武を磨くことを優先し、ASへ入学した。
この4人が3班。A組で最も優秀な4人が集まったような班なので、本人たちは勿論、他の生徒や教師も彼らが失敗するとは思ってもいない。4人のやりとりを見ていた教師が苦笑交じりに忠告する。
「まぁ、3班は大丈夫だと思うが……。今回のダンジョンは、内部で特定の行動を取るとトラップが作動するタイプだ。それも、余程のことがない限り発動することがないほど、非常識な行動にしか作動しない。他に複雑な罠もなく、モンスターもいない。節度を持って行動していれば、まず失敗することはないだろう」
「つまり、この実習の目的は、その節度というものを試すこと、というわけですね」
「さすがだな、ロッツ。ダンジョン探索にも最低限のマナーは必要だ。最初の研修では、冒険者以前に人としてのマナーが守れているかどうかが試される。こんなトラップに引っかかったやつは今まで1人もいないが、気を抜かずに臨むように」
教師の話が終わると、生徒たちは一斉に立ち上がり、教室を出ていく。ダンジョンに向かうところから実習は始まっているのだ。
「……あ、言うまでもないが、先にトイレは済ませとけよー」
思い出したように付け足された教師の忠告を、真面目に受け取るものはいなかった。
探索開始
目的のダンジョンは学校のすぐ傍にあった。入口こそ小さな洞穴だったが、階段を下りて地下へ出ると巨大な空間が広がっている。班ごとに進む先が違うようで、5つの分かれ道に番号が振られていた。3班の4人は「3」と書かれた通路を進む。
「つまんねーの。本当に雑魚モンスター1匹でねぇじゃん」
「無駄口をたたくな」
バンダナの後ろで手を組みつまらなそうに歩くラピスを、ロッツが叱る。
「節度を守れと言われただろう。トラップ発動の条件に「私語を続ける」みたいなものがあったらどうするんだ」
「それなら過去にいくらでも失格者が出てるだろ。よっぽどのバカじゃねえと引っかからないような罠ってことだよ。もっと気楽に構えよーぜ」
「お前、本当に緊張感がないな」
「まぁまぁ。遠足と思って、気楽に行こうよ。ねっ」
メルドが2人にクッキーを差し出し、笑顔で宥める。メルドは細身だが甘党の大食いで、常に菓子を持ち歩いている。2人とも素直に受け取り、口に入れる。口がパサつくのか、ラピスは水筒の水をガブガブと飲み続けていた。
「はい、セイシロウくんも。敵がいないと、セイシロウくんは特につまんないよね」
「……まぁ。でも、やるべきことだから、やるだけだ」
メルドの眩しい笑顔に照れつつ、セイシロウもクッキーを受け取った。リーダーとして皆を統率するロッツ、トラップを探り宝箱を開錠するラピス、彼らをサポートするメルドに比べ、格闘家のセイシロウは敵がいないとやることがない。
「……なにかの間違いでドラゴンが出たら、俺が守ってやる」
「わぁ、頼もしい」
暗く細い石畳の道で、急にラピスが立ち止まった。
「オレちょっと、寄り道してくるから。先行っといて」
当然、ロッツが噛みつく。赤いマントを翻して振り返り、レイピアをラピスに向ける。
「ふざけるな。お前がいないと宝箱が開けられないかもしれないだろう」
「すぐに追いつくって。仲間割れがトラップの条件かもしれないだろ。それしまえよ」
「……どこへ行くつもりだ」
ロッツがレイピアをしまうのを確認すると、メルドがほっと息を吐いた。ラピスは悪びれない。
「脇道がいくつかあったから、探検してくる。合格証以外の、もっといいお宝があるかも。俺の足が速いのは知ってるだろ」
「馬鹿かお前。研修用のダンジョンに宝なんてあるわけないだろう」
「いーや、逆にあるかもよ。先輩方が残してった、エロ本とか。あったらセイシロウにも使わせてやるよ」
「……下品なやつ」
話を振られたセイシロウが不快そうに顔をしかめる。
「あっははー、そんじゃ、後でなー!」
「あ、ちょっとラピスくん!」
言うだけ言うと、ラピスはメルドの静止も聞かずに後ろへ駆け出して行った。
「どうしようもないな、あの馬鹿は。A組の恥さらしめ」
「まぁまぁ、ラピスくんなら道に迷うこともないでしょ。先に行こうよ」
どうせモンスターもいない初級ダンジョンだ。単独行動をとったところで危険があるとも思えない。3人はラピスを置いて先へ進むことにした。