改竄された日常
知恵の国、スメール。
広大な砂漠と雨林を擁する自然豊かなこの地は、教令院という学術研究機関を中心に統治され、知恵の神である草神クラクサナリデビの加護の下、数多の天才・秀才を排出し、学問の国として繁栄を続けていた。
……つい、数日前までは。
教令院上部の一室、本来なら大賢者が座るべき椅子に、いかにも分不相応な威厳のない男が身を投げ出すようにだらしなく腰掛けている。そこへ固いノックの音がして、背の高い美青年が入ってきた。
「報告する。砂漠より『沈黙の殿』の首領、セトスが到着した。これで参加者は揃った。他の準備も滞りない。定刻通り、大会を開始できる」
書記官のアルハイゼン。一時期代理賢者を務めたほどの逸材だが、何につけても事務的でとにかく愛想がない。
「あー、ご苦労。お前も参加するんだから、せいぜい俺や観衆を楽しませてくれよ」
「ああ、問題ない。それが職務ならばやり遂げよう。では、失礼する」
無表情のままとって返そうとするアルハイゼン。その背中に男の声がかけられる。
「おい、大賢者さまの前だぞ。退出の挨拶はどうした。」
「おっと……これは失礼した」
虚な目をしたアルハイゼンは男へ向き直り……。
ズボンのチャックを下ろしてガバッ!と股を大股に開くと、片手で敬礼しながらもう一方の手でご立派なペニスを引っ張り出す。
「クソ雑魚デカチン書記官、アルハイゼン。大賢者さまの前で恥を晒せて光栄だ。大会での俺の痴態、存分に楽しんで欲しい」
涼しい顔で巨根を左右にブラブラと振り回す。男が失笑混じりに「行っていいぞ」と犬を払うように手を動かすと、哀れな書記官はいそいそとペニスをしまって部屋を出ていった。
「情けないのう。あの堅物が洗脳されたことにも気づかず、毎日のように恥とチンポを晒しておるとは」
「これから彼らのもっと激しい痴態が見れるのね。……楽しみ♡」
両脇から男に擦り寄って呑気に笑う美少女たち。老人口調で話すファルザンと、やや大人しそうなレイラ。それぞれ知論派と明論派を代表する才女だが、目に妖しい光を浮かべて男の逸物を撫で回している。
これが今の教令院、そしてスメールの姿。
名高い学者から雨林のレンジャー、砂漠の傭兵に市井の商人に至るまで、全ての国民はこの大賢者を名乗る男の命に従い、労働や身の回りの世話、そして性処理と、あらゆる面で彼のために奉仕させられ、彼の望む通りに痴態を晒して溜飲を下げるための玩具にされている。
ことの発端は、彼が長年に渡り取り組んでいた「集団的無意識に介入し思考を操作する研究」が実を結んだことにある。
当時の教令院上層部がアーカーシャ端末なる装置を用いて大規模な実験を行っていた傍らで、この男は端末抜きで群衆の意識に介入する方法を独自に研究していた。そして上層部が失脚した後も、アルハイゼンら若い研究者に危険視され冷遇されながら細々と研究を続け、ついに大胆かつ画期的な奇策を練り出した。
知恵の神である草神クラクサナリデビを捕獲し、彼女を媒介にして人々の思考に干渉しようというのだ。
あまりにも短絡的!あまりにも不敬!
しかし草神が街中へ姿を見せるようになったのをいいことに強硬策に出た彼の目論みは、思いもかけず大成功をもたらした。
意識を失わせ、支配するという分野において彼ほどの天才はいない。神のために作った専用の装置を用いてクラクサナリデビを拿獲すると、神の意識に介入し、全スメール人の集団的深層心理の根本に「彼の言うことはなんでも正しく、彼の望むことは進んで実行するべきだ」という捻じ曲がった思考を植え込むことに成功したのだ。
これによって彼はあっさりと大賢者に推挙され、一夜にしてスメールの実権を握った。
それを足がかりに特定の人物の脳裏に「ペニスを振って挨拶する」「小便をするときは犬のように足を上げて道端に撒き散らす」など、自分の歪んだ性癖を盛り込んでいく。思考を操作された人々は日常生活を送りつつ、何の迷いもなく痴態と淫部を曝け出し、周囲の人間もそれを疑問に思わない。
男は容姿にコンプレックスがあったので、見目形の良い美男美女を標的に、見境なく痴態を演じさせては笑い物にしてやった。
そしてその集大成がこれより教令院の学院祭の目玉として執り行われる、イケメン台無し痴態晒しトーナメント(仮称)である。
実のところ、今年の学院祭は既に数か月前に開催されている。各学派を代表する6人の若き英才達がトーナメントで競い合い、大いに盛り上がったものだが、嫉妬深いこの男は自分が代表に選ばれなかったことを不服に思い、復讐の機会を窺っていたのだ。
表舞台の上で輝いていたこの国の「知の象徴」である彼らにとびっきり惨めで無様な醜態を晒させ、「痴の象徴」に堕としてやる。そのために改めて学院祭を開催し、彼らにトーナメントで痴態を競わせようというのが今回の大会の趣旨だ。
正規の大会に出場した6人のうち、ファルザンとレイラは既に自分の女として傍に置いており、結構気に入ってもいるので、今回の公開処刑は免除した。代わりと言ってはなんだが、代理賢者まで務めた先ほどのアルハイゼンと、最近急にやってきてスメールシティ内で高い評判を得ている砂漠の小僧を参加者に加えた。よって今回、この広大な国を舞台に大観衆の前でおぞましい痴態を繰り広げるのはいずれ劣らぬ美男子6名。
人並み外れた頭脳と身体能力を活かして第一線で活躍する彼らが、前代未聞の恥晒し合戦でどんな姿を見せてくれるのか……。
「……楽しみだな」
男は嬉しそうに呟き、部屋を出て開会式の会場へと向かった。