※先に「無様エロ四国史・設定」をお読みください。
マヌカンピス湿原。
グラギーノフ魔導帝国と星辰同盟の境にあたるその広大な湿原で、両軍が激突していた。
帝国軍が突如として同盟領へ進行を始めたためである。
常に軍備を整えていた帝国軍に対し、同盟軍は付近の小国から寄せ集めの軍が慌てて招集されたに過ぎない。宣戦布告もない急襲であったこともあり、数の上でも兵の質でも、帝国軍が圧倒的に優勢であった。
小雨が降る中、大小の沼の間を颯爽と駆け抜ける一隊がある。
足場の悪さをものともせず、100騎ばかりの騎馬隊が一糸乱れず猛進し、同盟軍の陣を次々に潰して回る。この一隊のみで、10以上の拠点が壊滅させられていた。
率いるのは常勝将軍・ルスラン。グラギーノフ魔導帝国屈指の勇将である。
まだ20そこそこの年齢でありながら、実力主義の帝国軍で将軍にまで上り詰めた戦の天才であった。自身の騎乗能力もさることながら、鍛え上げた精兵を手足のように率いて電光石火の猛攻を加える。加えて氷の魔法も得意とし、彼が同盟軍の間を駆け抜けるや、後には氷像と化した同盟軍兵が立ち並ぶ。
「悪く思うな」
物言わぬ氷の塊となった敵兵達に哀れみの目を向けつつ、ルスランは進撃を続けた。
戦が始まって2日と立たず、勝敗は決したようなものであった。
だが、軍監として彼に従っていた皇帝直属の諜報員、ラディアンが彼の戦い方に異を唱えた。「つまらない」と、言うのだ。
「これからの戦いの要点は、武威をかざして敵を蹂躙することにあらず。いかに敵方の尊厳を奪うか。このことを、将軍は理解しておられません。まだお若いのですから、古い考えは改められた方がよろしいかと」
2歳ほど年下のルスラン将軍に頭を下げつつ、ラディアンは皇帝の意向だとしてそう述べた。
「くだらない。戦は遊びではないぞ。お互い命を賭けて堂々と戦っているのだ。敵であれ、戦士を侮辱することなどできるものか」
ルスランは清廉潔白な武人である。世界的に戦の方針が変わりつつあると聞いてはいたが、悪趣味な処刑になど興味はない。武と知略のぶつかり合いこそが戦であると信じている。
「忠告は致しましたよ」と言い残して、ラディアンはルスランの陣を離れた。
「陛下の威を借る狐が。あのような穢れた男が戦場にいることが腹立たしい」
青く澄んだ目で狐の後ろ姿を睨みつけ、嘆息して兜を脱いだ。白銀の美しい髪が艶の良い頬にかかる。松明の灯に照らされた横顔は、猛将という呼び名には不似合いなほどに秀麗であった。指で眉間を抑えて首を振り、鎧も外して陣幕の奥で横になった。さすがのルスランも過酷な環境の中、2日間戦い通しだったため、疲れが出ていた。
ルスランほどの戦士となれば、寝ている間でも大抵の異変には気付ける。
若き英雄は、氷の塊に変えてしまった命を憐れんで黙祷し、静かに目を閉じた。
だが、彼は見誤っていた。穢れているのはラディアンだけではない。
この世界そのものなのだ。