2人のナイト※

俺には、4つ上の兄がいた。

若くして王国騎士団の部隊長だった兄は、剣技に優れ、冷静沈着。女からもモテたがそんなものには見向きもせず、日々真面目に鍛錬に励んでいた。
俺は兄のような立派な騎士になりたくて兄に指導を願ったが、「邪魔だから近づくな」と相手にしてくれなかった。それが俺を危険から遠ざけるための、兄なりの優しさだったと後で気づいた。無口な兄は俺の前でもめったに笑わなかったが、俺が病気になった時は任務も放って駆け付けてくれた。強くて優しい兄は、俺の理想の男だった。

そんな兄と並んで部隊長を務めていたのが、ロレインさんだった。ロレインさんは兄と対照的に熱血漢だが、平時はぶっきらぼうで面倒臭がり。仕事を兄に押し付けて、サボって寝ていることも多かったと聞く。とはいえ、ロレインさんは根がいい奴だったので、俺が兄に構ってもらえなくて沈んでいると、代わりに稽古をつけてくれた。口も目つきも悪いけれど、心は誰よりも澄んでいた。そんな所が似ていたからか、兄とロレインさんは親友だった。あの兄も、ロレインさんの前では笑みを見せることがあった。
この2人がいるが限り、王国は絶対に滅びはしない。だれもがそう思っていた。

ところが、そんな日常は一瞬にして壊れた。
5年前のあの日。同盟していた帝国の軍勢が、突如として攻め寄せてきたのだ。皇帝は温厚な人物だったため最後まで反対していたそうが、大陸統一を説く当時14歳のゼラス将軍と、たった12歳の謎の天才策略家がむりやり押し切ったらしい。
不意を突かれたとはいえ王国も精強だったはずだが、敵の神がかった軍略と、俺と同い年でしかないゼラス将軍の恐ろしいまでの強さで、王城は5日と待たず包囲されてしまった。俺も国を守るために戦うと息巻いたのだが、兄に殴り倒され、ロレインさんに王宮の広間の隅の隠し倉庫に閉じ込められてしまった。

「わりぃ。でもな、俺もクライドの奴も、お前には死んで欲しくねぇんだ。心配すんな、すぐ戻る。」

そう言って、ロレインさんは見えなくなった。それが「正気の」彼を見た最後だった。

戦は大敗に終わり、王国は滅んだ。無敵のはずの兄とロレインさんは、たった14歳のゼラスに2対1で戦って敗れたという。信じられなかった。だが、現に王宮は占領され、国王一族は皆殺しにされたのだ。
幸い俺は発見されず、戦争が終わっても、倉庫の中でひたすら息をひそめていた。
数日間は兄とロレインさんの「離せ!」とか「殺せ!」「薄汚い帝国のブタが!」という罵声が遠くから聞こえてきたのだが、次第に聞こえなくなった。心配だったけど、叫び声を上げて飛び出すような勇気は俺にはなかった。倉庫内の食糧で食いつなぎ、壺の中に排便し、蓋をして臭いを隠し、そうやってみじめに生き延びていた。時々ケモノの鳴き声のようなおぞましい声が聞こえてきて怖かった。だが、気づくはずがなかった。それが………

兄とロレインさんの鳴き声だったなんて――――

 

 

 

陥落から一週間後、広間に王国軍の捕虜、つまり兄とロレインさんの部下が集められた。そして檀上に2人の少年が上がった。俺は倉庫ののぞき穴から、その奇妙な集会の一部始終を見ていた。ゼラス将軍が言った。

「聞け、貴様ら。貴様らはこれから帝国兵となる。今日はそのために集まってもらった」

ふざけるな、と罵声が飛ぶ。当然だ。敵の辱めを受けるくらいなら潔く死ね、というのが王国の教えで、彼らはそれを誰よりも重んじた兄とロレインさんの部下なのだ。すると12歳の少年が、ニコニコしながら語りだした。

「ふふふ、だーいじょうぶ。絶対、大人しく従う気になるって。そうなるように、僕が1週間もかけて準備したんだ。本国
の皇帝に見つからないようにね」
「俺としてもこんな外道なマネはしたくなかったのだが。“R”の言う通り、大勢の血を流すよりも、少数を徹底的に潰したほうが早いからな」

ゼラスが冷たく笑った。王国兵たちは何のことがわからないという顔で、

「俺たちはあの誇り高い2人のナイトの部下だ。敵に無様は見せん!」

と口々に叫んだ。するとそれを聞いた少年………Rは、腹を抱えて笑い出した。

「アハハハハハ!!2人のナイトね。誇り高いね。うんうん、そうでないとね」

ますます困惑の表情を浮かべる王国兵と俺。気にせずにRは続ける。

「じゃあ、そのナイト君たちとごた~いめ~ん!コレを見てもまだ、そんな口が利けるかな?」

Rが言い終え、ゼラスが指を鳴らすと、帝国兵が2人、幕のかかった大きな檻を一台ずつ運んできた。まるでサーカス用の動物でも入っているようだ。
2人が幕を取る。刹那、王国兵と俺は………凍りついた。

「ブゴォオオ!!ブゴオォォ!!ブゥ~!ブヒッ!ブヒィ~!!!」

一方の檻の中には、ロレインさんがいた。腕っぷしが強く、堂々として、短髪の似合う男らしいロレインさん。そのロレインさんは………

ブタになっていた。

全裸にされてだらしなく眉を垂らし、目は半ば白目を剥いている。鼻には大きなフックが掛けられ、これでもかというくらい鼻の穴を全開にしていた。その穴からは、遠目にもわかる程粘り気のある鼻水が、ビローンと太く垂れ下がっている。口からは舌を突出し、涎をボタボタとまき散らして、尻の穴には火のついた蝋燭が突き立っている。完全に理性を壊され、豚としての生活を叩きこまれたロレインは、「ブヒブヒ!フゴフゴ!」と、もうブタ語しか話せないようだった。なぜかそそり立ったペニスからも汁を垂らし、ひたすら床にこぼれた自分の体液を嘗め回している。

そして、もう一つの檻には、兄がいた。優しくクールな部隊長。大好きな、かっこいい兄。その兄は………

サルとなって踊り跳ねていた。

「ウホッ!ウホッ!キキーッ!!」

ロレイン同様素っ裸で、これまたロレイン同様マヌケにも眉尻を下げ舌を突出し、垂れ下がる鼻水をビロビロと振っていた。そして兄は、笑っていたのだ。あの兄が、クールで、俺の前でも笑わない「氷の美青年」が、完全に壊れた笑顔で、ルンルンランラン言いながら踊っているのだ。涙、涎、鼻水を振りまき、両手を頭上に突き立てて腋毛も晒しながら

「ウホッ ウホッ ルンッ ルンッ ウホッ ウホオ~ッ!」

と、嬉しそうに鳴いて、右に左に飛び跳ねている。そそり立った丸出しのペニスがプルンプルンと震え、先走りが迸る。

もう俺の知っている2人じゃない。どう見ても、マヌケで醜いブタとサルだった。

部下たちは、憧れていた隊長のおぞましい痴態に、口をあんぐり開けて呆然としていた。中には気を失う者もいる。俺も、自分が正気なのが不思議なくらいだった。あの兄さんが、あのロレインさんが、こんな………バカどころじゃない醜い畜生になるなんて。

「ではこれから、この2匹の処刑を執り行う」

ゼラスが冷たく言い放つ。処刑という言葉に何人かが反応したが、誰も止めようとしない。俺も、倉庫を出なかったのは恐怖のせいだけではなかったと思う。「誇り高い騎士」の2人が、今すぐ消えて欲しいくらいの痴態を、こんな大勢の前で晒しているのだから。

「じゃ、まずはブタ君ね。ブタはブタらしく、丸焼きにでもなってもらおうー」

さも嬉しそうに恐ろしいことを言うR。だがそれはすぐに実行に移された。
ブヒブヒ鳴きわめくロレイン、いや、ブタに、兵が近づき、口と尻の穴から同時に長い棒を突っ込んだ。

「ブヒョアアアアア~!!!ブヒィィィィ~!!!」

さすがに痛いどころじゃなかったのだろう。白目を剥ききりジョロジョロと小便を垂れ流して絶叫するブタ。悲鳴までブタそのものだ。そのまま担ぎ上げられ、高く燃え盛るたき火の上にかけられ、火であぶられる。確かにブタの丸焼きだ。

「ブヒィ!ブヒィ!プギィー!!

必死で鳴くブタにおかまいなしに、棒はくるくると回され、全身をまんべんなく焼かれた。

「あ、チンポは記念にとっとこう」

Rの思い付きで、帝国兵によってブタのペニスが刎ねられた。ブタはそれに伴いブヒイーと絶叫すると、ついに事切れた。そして灰になるまで、ブタとして焼かれた。

「次はサルだな」
「どうやって殺そっかー」

2人が兄、いや、サルに歩み寄る。サルは親友が目の前で焼かれている間、ウホウホと嬉しそうに踊り続けていた。

「そーだ。どーせだから、あの下に釜おいてさ」

Rが無邪気に焚火にかかったブタを指し、

「水入れてさ、釜ゆでにしようよ。ちょーどブタの燃えカスも落ちてきてるし、親友同士らしいブタ君とサル君にとっちゃ、これ以上ない幸せだよ」
「フン、サルの釜ゆでなんて聞いたことないぞ」

微笑を浮かべて、ゼラスはサルに近づいた。
大好きだった兄が釜ゆでにされる。それでも助けに行けなかった。
こんな醜い兄は兄じゃない。ただのサルだ。だから、死ねばいい………

ゼラスが檻を開け誘導すると、サルは何の疑いもなく、ルンルン踊りながら煮えたぎる釜に近づいていく。サルの通った後には涎や鼻水が点々と連なっていく。
ついにサルはゼラスに突き飛ばされ、ブタが燃えている真下の釜の中へ頭から突っ込んだ。

「ヴッホオォォ~~~!!!んがっ!ンホッ!ウホオオオオォォォ~!!!!」

醜い顔、汚い声を晒してサルは茹でられていった。しばらくすると、ついに焼け焦げたブタの胴体部分が串刺しの頭と下半身からちぎれ、サルの頭上に落ちた。

「ウホォッ!!!」

それがサルの………兄、クライドの最期の言葉になった。

しばらくして、釜の中からパンパンに膨れたサルが引き上げられ、広間の真ん中に出された。半ば骨だけとなったブタの頭と下半身も並べられる。よく見ると、サルのペニスもなくなっていた。釜に入れられる際にゼラスに落とされたらしい。さすがは兄を破ったゼラス将軍。目にも留まらぬ早業だ。
実の兄を殺されながら、俺はそんなことを考えていた。
そしてその日のうちに、王国兵は全員、帝国に帰順した。

 

 

 

数日後、俺は良心的な帝国の執政官に見つかり、こっそりと見逃してもらった。
王城は改装され、旧王国博物館として一般開放された。目玉展示は「二匹の畜生」。2人分のペニスが剥製にして並べられているのだ。ご丁寧に「クライド(サル)」「ロレイン(ブタ)」のプレートと生前の肖像画つきで。といっても、兄は理性をかなぐり捨てて踊る滑稽な姿を、ロレインは鼻フックで広がった鼻を誇張して描いた、見られたものではない肖像だが。

それ以来俺は、レジスタンスとして帝国に抗い続けている。あんな醜い畜生の復讐などはしない。だが、俺の理想と祖国を打ち砕いたゼラスとR、そして帝国を許すことはできない。この空しさ、いつか必ず思い知らせてやる。
奴らを、あのサルとブタより醜いものに貶めることで………。

(完)