黄金の棺※

※『極上の豚肉』の続編です。

 

 

 

 

「はん、ここが例の森か」

異様な木々が立ち並ぶ薄暗い樹海。多くの冒険者が消息を絶った魔の森に足を踏み入れ、少年は忌々しそうに顔を顰めた。
見渡す限りに広がった木々。足元には枯れ葉の絨毯、頭上には遥か高くに枝葉の天井。森全体が一つの巨大な建造物のように外界から孤立している。たまに奇怪な鳴き声や、風で揺れる葉の音がするくらいで、喧騒は何もない。
雑踏を嫌い孤独を好む彼にしても、しかしこの森は居心地の良いものではなかった。静かではあるが落ち着かない。奥に進むにつれて森は起伏と広がりを見せるばかり。このまま地獄の果てまでこの奇妙な光景が続いているような気さえする。

(魔の樹海、とはよく言ったものだ)

手にした小刀で枝を切り分けながら、少年は心中で悪態をついた。青いバンダナの下から零れた橙色の前髪に、うっすらと汗が滲む。暑くはない。むしろうすら寒いくらいであった。

(しかし、トラップにさえかからなければ、ガキでも脱出できるじゃないか)

たまに醜い豚型の魔物が現れるが、小刀で頭を突けば簡単に倒せる。他に手ごわい魔物の気配もありそうにない。それでも多くの猛者が命を落としたというなら、それはダンジョントラップに引っかかったのだろう。シーフの彼は、噂を聞いただけでそこまで理解していた。まさに自分の持ち場のような、典型的な謎解きダンジョンに違いない。難易度も低く、よほど不注意でなければ命を落とすことはない、と見た。

「兄貴も情けない……」

小声で呟きながら、少年――リヒャルトは、軽く舌を出した。
兄は、数か月前にこの森で消息を絶った。恐らくはもう生きてはいまい。
似たもの兄弟だ、と、周りからはよく言われた。確かに二人とも人間嫌いで、群れることを嫌う。それもあってお互い冒険者になってからは、ろくに連絡も取りあっていなかった。
ただ、兄は理想家で、求道者肌だった。現世にさほど興味がなく、ただ高みをのみ目指して己の技を磨きあげる、そういう孤高のガンナーだった。
リヒャルトの場合は、同じ一匹狼でもあくまで現実主義者だ。利益になるものにしか興味がない。余計な面倒は避ける。それが冒険者として生き残り、成功する唯一の道だと信じている。それが功を奏して、二十歳にも満たずして既に一流のシーフとしての実績は積み上げている。
兄の生き方を否定するつもりはない。むしろその圧倒的な強さは尊敬していた。自分が姑息に生きるようになったのも、兄の背中が大きすぎたからかもしれない。
その兄が、おそらく死んだ。こんな強敵一匹いそうにない、つまらないダンジョンでだ。悲しさよりも、失望と怒りの方が大きかった。

(まぁ、供養はしてやるよ。あんたが抜けられずに死んだこの森を出た後でな)

 

少し開けた場所まで出ると、リヒャルトは小川の側の岩に腰掛け、バックパックから布袋を取り出した。
麓の村に、割と新しい料理屋があった。なんでもここに出る豚モンスターが相当な美味だという話で、数か月前にその肉を持ち帰った冒険者が名物として売り出したのだ。
彼らが森から持ち帰ったのは若い豚一頭だけ。しかし大きさは結構なもので、ほぼ全ての部位が食用になり長持ちもするという都合のいい食材だったため、その一頭の体をちびちび売っては荒稼ぎしているらしい。店の門前には、そのブタの首が剥製にして吊るされていた。よくは見ていない。ただ、妙に人間くさく、心のどこかを刺激する、嫌な顔つきだという印象だった。
さすがに肉が尽きてきて、そろそろ新しいものを調達しに行こうという話が出ていたが、ともかくリヒャルトはその残り少ない肉を買えるだけ買った。自分でモンスターを解体し料理するなんて野蛮な真似はしたくないのだ。
今でも人の出入りはあるようで、誰かが使った焚き火の跡が方々に残っている。それを利用して火を起こした。干し肉を炙って食う。肉汁と香ばしい匂いが立ち込め、とても数か月前の肉とは思えない。そして、噂通りの美味だった。

(兄もこの肉を食ったのだろうか)

不意に感傷的になってきて、リヒャルトは軽く頭を振った。

リヒャルトの目的は、兄とは違う。ダンジョン攻略の名誉なんてどうでもいい。この森には隠された地下道があり、そこに黄金で飾られた古代の王墓がある、という噂があるのだ。
数千年前、この森ができる前にあったという聖王国の最後の君主。あまりにも賢く、あまりにも慈悲深かったこの王の死に、国民全てが嘆き悲しんだ。そして彼らは国中の財を集めて豪壮極まりない王墓を作り、その結果栄えていた聖王国はまたたく間に富を失い、あっさりと滅んでしまった。言い伝えでは、そんな悲劇を神が、あるいは自然が憐れみ、黄金の王墓を守るために作ったのがこの魔の樹海だという。
今ではもはやその神話を知っている者も少ないだろう。リヒャルトは持ち前の勘と行動力、緻密な情報収集によって、それを――このダンジョンの真実を突き止めた。この話が本当なら、その聖王墓には大国まるまる一つ分の黄金が眠っているはずなのだ。

運搬法はまた考えなければならないが、とにかくそれを見つけて地図でも作れば、さらに装飾品の二つ三つでも手に入れば、それだけで一生遊んで暮らせるだけの金と名誉が手に入る。攻略だの武道の頂だのより、よほど大きい利益である。

「見てろよ兄貴。俺は俺の道で、あんたを超えてやるぜ」

歯ごたえのいい肉をかみしめながら、少年はそう呟いていた。

 

暗い森を奥へと進むうちに、立ち並ぶ木々の向こうに一際大きな巨木が聳え立っているのが見えてきた。絶対に近づいてはならないと言われている、噂の神木だろう。
その根は近づいた者を取り込み捕食し、上方には赤く巨大な花や珍しい果実が連なっているという。これを聞いた冒険者の大半は、まず上を目指すに違いない。
だからこそ、リヒャルトはあえて迷路のような斜面を下へ下へ、神木の根元目がけて進んでいった。この森が黄金の王墓を守っているのだとしたら、誰も寄りつかない場所にこそそれはある。そう判断したからだ。

やがてリヒャルトは神木の周りを囲む崖に出たのだが、この木は高さだけでなく根も驚くほど深い。巨大な木は大地にぽっかり空いた大穴の底から、遥か見果てぬ上空まで、まっすぐに伸びている。ずっと斜面を下ってきたが、根元はまだまだ見えそうにない。

「ふん、これはいよいよクサいな」

少年は近くの木に持参した伸縮式の長いワイヤーを結び、それを伝いながら崖の下へゆっくりと降りて行く。ところどころ足場になりそうな岩場があるので、岩に金具を打ち込んで新しいロープを垂らす。それを繰り返しながら、数時間かけて崖を下って行く。
常人なら試してみようとも思わない深さだが、極めて有能なシーフである彼には、無事に下まで降りて戻ってくるだけの自信と技量があった。

奥へ奥へと降りるほどに辺りは暗くなり、やがて腰に下げたカンテラの灯りだけが頼りになった。そうしてどれだけ進んだ頃か、下の方から妙な物音が聞こえてきた。ワシャワシャと、なにかが大量に蠢いている。ロープに捕まりながらカンテラを翳してみると、数メートル先、大木の根元あたりの地面から巨大な触手が何本も飛び出し、暴れ狂っているようだ。

「噂は本当だったか」

リヒャルトは笑みをこぼした。ここまで来て何もなければ、とんだ骨折り損だ。本当に人を食らう根があるなら、この近くに王墓への入り口があって、それを守っているのだとも考えられる。
やがてリヒャルトの足が地についた。穴の底に辿り着いたのだ。神木の根がそこまで伸びてきていないことを確認してから、ゆっくりと降り立つ。そしてカンテラを翳して周囲を用心深く窺いながら、中央にそびえる神木へと近づいて行った。

「おべ……おべべ……あばばばば……」

ふと、根の蠢く音に混じって、なにか呻き声のようなものが聞こえた。いや、呻きですらない、ただの異音と化したような、血の通わない声。
見上げると、根のすぐ上の幹に、何か異質な影があった。リヒャルトは込み上げる嫌悪感を抑えながら、カンテラの灯でそれを照らしてみた。

「これは……」

予想通りのものが、そこにはあった。
太い幹の一部から、人間の上半身がぽっこりと飛び出ている。おそらく少年、いや、少年の姿をしたエルフだろう。もはやボロきれと化した緑色の服を纏う細身の体に、下から伸びた無数の触手が群がっている。宙に投げ出した両腕も絡めとられ、マリオネットのように乱暴に振り回されていた。
それは少年の顔にも及び、両耳や口、さらに鼻の穴にまで、大小の触手が出入りを繰り返していた。おかげで頬や鼻はいびつに膨らみ、触手の動きに合わせてぼこぼこと収縮を続け、顔全体が醜く歪み続ける。口元からは、涎とともに例の呻きのような声を漏らし続けていた。

大きく見開いた目は、しかし一目で正気を失っていることがわかるほどに焦点がおかしく、いびつな光を放っている。樹液と自らの体液で顔中ベトベトになり、金髪だったであろう髪もすっかり白髪のように色あせ、縮れてしまっていた。そして樹に同化してしまったのか、肌全体が乾いた土色に染まり、ところどころささくれ立っている。
もはや、知性のある一人の生物とはとても思えない。しかし、そんな状態でも、生きている。口に入った触手が出ていく度に、少年の形をしたソレは、涎の滴る舌を伸ばし、首を左右に捻りながら触手を舐めしゃぶろうと追いすがるのだ。その口元は下品に歪み、鳥のような、或いは虫のような、甲高く耳障りな奇声を上げる。

「なんてザマだ」

エルフといえば、概して人間より遥かに高い知能をもっているという。近くにエルフの村があるとは聞いていたが、高貴な彼らは人間を見下し、なかなか姿を見せようとしない。そんなエルフが初めてリヒャルトに見せた姿が、これである。いや、もはやエルフではなく、樹の一部でしかない。醜く膨らんだ鼻が絶え間なく蠢き、尖った耳も触手の動きに合わせて激しく上下に震え続ける。間抜けとしかいいようのない顔だ。

よく見ると、少年の上半身が飛び出ている地点の少し下、つまり、少年の股間があるだろう部分にも触手が一本伸びている。その太い一本と少年の顔中の穴から出た触手は、何か水分を運んでいるように細かく脈を打っている。養分を吸収しているのか、或いは注入しているのか。
おそらく両方だろう。少年から生気を吸い尽くし、代わりに何か養分を注入して生き長らえさせ、また生気を吸い取る。そうやって永久にこの樹の生命活動の道具として使われるのだ。あの狂ったような様子も、あるいは何か錯乱作用のある成分を摂らされているからか。

いつからこうしているのかわからないが、恐らく彼の肉体は、永久に死ぬことはない。高所から落下してきたところを、素早く触手に掴みとられ、樹に取り込まれた。そうでなければ、そのまま地面に激突して即死していただろう。この状態は、では、彼にとって幸運な結果だったのか。
いや、こんな姿で生き続けるのは、死ぬよりも耐えがたい屈辱だ。まともな人間なら、そう思うだろう。せめてもの情けとばかり、リヒャルトは小刀を一本取り出し、勢いよく少年の額へ放った。距離も高さもあったが、投げナイフにかけては右に出るものはそうそういない。見事に命中し、少年の頭が大きく後ろにのけぞった。頭に深々と刀を突き立てながら、しかし少年は相変わらず狂った笑顔で奇声を上げ続ける。

「哀れな。こんな姿になって、永遠に生き続けるのか、こいつは」

言いながら、しかしリヒャルトは冷たい笑みを浮かべていた。これが、敗者の末路、愚者のなれの果て。実にわかりやすい構図だ。
所詮、生き残る力のない者は、死すら自分で選べない。だからこそ、どんな手を使ってでも生き延び、何を犠牲にしても栄華を極める。それが賢い者の生き方だ、というのが彼の人生哲学のようなものだ。

「ふん、仕方ないな。永遠にそこでそうしていろ。或いはそのうち完全に木の中に取り込まれて、楽になるかもしれないぞ」

ナイフと触手が刺さったエルフの少年は、しかし、悲愴感の欠片もない笑みを浮かべていた。

しばらく触手の動きを観察し続けたリヒャルトは、触手の届かない死角のような場所があることに気付いた。そこを通って、神木の真下に辿り着く。ちょうど少年が突き出している場所の真裏あたりだが、周りの触手はあちらほど激しい動きはしていない。脅すために襲ってくるフリをしている、といった感じだ。
カンテラで神木を照らし、軽く叩いてみる。変化はない。そんなことをしながら注意深く辺りを探っていると、ちょうど足元、幹の下部だけ、叩いた時の音が違う。トラップの可能性もあったが、シーフには時として賭けに出ることも必要である。覚悟を決めて、ナイフを突き刺した。軽い手応えとともに、幹の一部が弾き飛ぶ。

「ビンゴ……ッ!」

そこが扉になっていたようだ。中は空洞で、下へと続く長い階段があった。トンネルのようになった神木の根元へ、リヒャルトは躊躇せず潜り込んだ。
内部はさらに深い闇が満ちていた。澱んだ空気は冷え切り、石段を降りる足音が鈍い音を立てて響く。段は狭く急で、カンテラの弱い灯りを頼りに進むには幾分心もとない。
だがリヒャルトは腕力がない分、動きは機敏で、こういう悪路を進むのはさほど苦にはならない。夜目も利く。よく目つきや俊敏さ、そして束縛を嫌う性向から猫に例えられるが、それを不快に思ったことはない。なにも真っ向から何かと戦うことだけが強さではない。賢く機敏に、抜け目なく動く。そういう生き方を、自分は選んだ。ならば、獅子よりも猫のようにあるべきだと、そんな風にも思った。

石段は何度か右に左に折れながら、地下深くへ続いている。小一時間も進んだ頃になって、ようやく道が途切れた。突き当りに、重厚な作りの石の扉があった。
罠がないか慎重に調べてから、リヒャルトはそっと両開きの扉を押してみた。鍵でもかかっていたらどうするか、一瞬考えたが、案に反して扉は容易に開かれた。同時に、眩いばかりの光が差しこんでくる。

「これは……」

リヒャルトは思わず息を飲んだ。
見渡す限りの黄金。高さも広さも十分すぎるほどのだだっ広い部屋は、床も壁も天井も、全て金でできていた。壁や柱にはこれも黄金で緻密な装飾が施されており、壁際にそってずらりと金銀財宝が並べられている。所々にランプが取り付けられていて、その明かりが部屋全体に反射し、空間全体がオレンジ色の光に満ちていた。

「はは、こりゃ、想像以上だ」

高揚する胸を抑えつつ、リヒャルトはまずトラップがないかの確認にあたった。慎重に辺りを見回し、広い部屋を隅々まで探り歩く。時折投げナイフを使って遠くの黄金像をわざと攻撃してみたが、何かが作動する気配はない。少なくとも物理トラップはないとみて間違いない。あるとすれば……。

部屋の中央に、巨大な棺があった。広場のようなところに段が設けられ、その上に鎮座している。勿論金で作られているが、蓋は黒い木材で縁どられている。細部にまで宝石で装飾が凝らされたそれは、禍々しい程の荘厳さを感じさせる。
全ての国民に愛された古代の英雄王。そして彼のために、国そのものを引きかえにして、この墓が作られた。ここは、そういう場所なのだ。

物理的な罠はない。何かあるとすれば、それは呪いか祟りか、あるいは天罰のようなものだろう。それについては、リヒャルトは何も恐れていなかった。これまでにも盗掘は何度もやった。
死んだ人間のために財を埋めてしまって、何になる。それは今生きている人間が使ってこそ意味がある。偉大な王なら、むしろそれを望んでいるだろう。
リヒャルトはバックパックから大きな布を取り出し、床に広げた。さすがに全部を持ち去るのは不可能だ。しかし、例えば首飾り一個でも、町ひとつ買えるくらいの価値はきっとある。
部屋を物色しながら小物を漁って回る。リヒャルトはシーフの素養として、目利きにも自信があった。小さく軽くそして価値の高そうなものを選ぶ。あまり欲張り過ぎると帰り道で思わぬ危険に晒される恐れがあるので、最小限でいい。それで、一生遊んで暮らせる金と、大盗賊としての名誉が手に入る。

「勝った、俺は勝ったぞ」

リヒャルトの眼は輝いていた。兄の死んだダンジョンで、自分は快挙を成し遂げた。兄に勝った。兄を超えた。そしてこれが、兄に対する供養にもなる。
やはり自分は兄とは違う。似た者同士などではない。卑怯だろうがなんだろうが、結果として自分は兄より優れていた。
優越感と達成感に酔いながら、それでもリヒャルトは淡々と品定めを続ける。さすがにどれも超一級の品々で、思わず見とれてしまうものも少なくなかった。

(だが、この像はよくないな)

金の延べ棒で肩を軽く叩いて伸びあがりながら、リヒャルトは忌々しそうに黄金像の一つを睨み付けた。
部屋のあちこちに、何の規則性もなく何体かの黄金像が立っている。
素材は金で等身大、それだけで当然価値はあるのだが、どれも造形がよくない。モデルが誰かは知らないが、この場に相応しくない粗末な身なりをしている。表情がさらに悪い。どれも一様に怯えたような、或いは驚いたような醜い顔をしている。ポーズも一貫性がなく、中には後ろ手をついて尻もちをついているものや、四つん這いになって助けを求めるように手を伸ばしたものもある。
酷いものだと若い男が全裸で土下座しながら、なぜわざわざつけたのか、尻から黄金の一本糞をぶら下げている。

(悪趣味にも程がある)

副葬品として飾るなら、整然と並んだ勇壮な兵士の像にでもするべきだ。この何体かの品のない像のせいで、神聖で荘厳な王墓の風格が汚されていると言っても過言ではない。

(どの道、像など持ち帰ることはできないんだ。むしろ未練が沸かずに助かると思うべきか)

あらかためぼしい物を袋に詰めると、リヒャルトは荷物を置いて、棺の方へ近づいた。
伝説の古代王墓。一番価値のあるものは、装飾品でも金塊でもない。
王の身体だ。
ミイラでも骨でもいい。回収できればその価値は計り知れない。遠慮なく棺に歩み寄り、その蓋に手をかける。重量はあるが、鍵はかかっていない。力任せに蓋をずらし、中を覗き込む。

「ちっ、空か」

中には何もない。赤い高級そうな絨毯が敷かれているだけだ。腹いせとばかりに絨毯を引っぺがし、金の棺を軽く蹴る。そこで一瞬「祟り」という単語を思い出したが、やはり何も起きない。

「まぁいいさ。死体が無くても、王墓はこうして実在したわけだしな」

回収した宝物だけで財と名はなせる。この場所を公表すれば、偉大な冒険家として歴史に名が刻まれることになるだろう。当初の目論見はほぼ完全に果たせたと言ってよい。
が、あまりに上手くいきすぎて拍子抜けという感じもある。このままあっさり引き返し、この王墓を公開するのはなにか癪だと思い始めた。
数年後にはここは歴史的な遺跡になる。今のうちに、そう、第一発見者だからできる何かをしてやりたい。盗掘はしたが、それだけではなく、もっと背徳的で、大胆な何かを。

ずらした棺の蓋に腰掛け、そんなことを考えながら、ちらりとまた棺の中に目を遣る。蓋は足の方向にずらしたので、調度死者の頭が来るべきあたりだけ蓋が空いている形である。死体はなく、絨毯も取り去った棺は、もはやただの黄金の箱である。失望と共にその箱を見下ろしながら、リヒャルトは何となく呟いた。

「……金の便器みたいだな」

言ってから、静かに微笑した。伝説上の名君の墓だ。それを指して便器だなどと。計算高く冷徹なリヒャルトにしてはあまりにも馬鹿馬鹿しい思考だ。だが、馬鹿馬鹿しいからこそ面白い。自分にもこんな品のないユーモアがあったのかと、新しい発見をしたような気分にもなった。

「英雄の墓を便器に、か。ふん、いいじゃないか」

子供のような悪戯心なのか、素直に悪心というべきか、とにかく、そんなものが心のうちに膨らんできた。この王墓をただで明け渡すのも癪だ。死体の残っていない王に対して、逆恨みじみた敵意もある。黄金の聖王墓を、自分の私物として乱雑に扱ってみたいという、歪んだ野心もある。
ゆっくり立ち上がると、棺の正面に周り、足を開いて立った。三分の一ほど蓋の空いた棺は、リヒャルトの膝上あたりまで高さがある。

リヒャルトはズボンから性器を引っ張り出し、棺の上に突き出した。ふっと息を抜くと、チョロチョロと黄色い尿が飛び出した。尿はそのまま、ぱっくりと口を開けた棺の中へと落ちていく。静かな広い部屋に、パチャパチャという派手な音が響き渡る。
その硬質な音が、金の入れ物、それも、王の棺に放尿しているのだという実感を起こさせ、リヒャルトは排泄の解放感とともに、不思議な優越感に浸っていた。

金の棺の中に、小水が広がっていく。汚水のはずなのだが、黄金の器に入り、部屋中から注ぐ黄金の光を浴びているそれは、とても美しい液体に見えた。水が溜まると、小便の落ちる音も変わる。冷えていた室内に、もわっと臭気とともに湯気が立ち上る。そういった変化に、リヒャルトは満足気に口元を緩めた。
勢いが落ちてくると、リヒャルトはさらにガニ股になって腰を突き出し、最後の一滴まで棺の中に流し込むと、そのままの姿勢で性器を激しく振った。飛び散った尿が棺の淵や床を濡らす。リヒャルトの手にも少し滴がかかった。

「水がないのが不便だな」

澄ました顔で呟きながら、ズボンになすりつけてそれを拭う。蓋の淵についた滴は一定の感覚を保ちながらポツポツと音を立てて棺の中へ滴っている。伝説の聖王の棺に小便を浸した。馬鹿馬鹿しいが、それだけにこんなことをしでかすのは世界で自分だけだろう。奇妙な達成感が、リヒャルトをさらに高揚させる。

「……ついでだ、大も出すか」

王墓を公表して人を入れた後のことを考えるとさすがにまずいかと思ったが、言い訳はどうとでもできるだろう。
近所に住んでるエルフの悪餓鬼がこっそりついて来ていて、物の価値も分からずこんな真似をした。バチが当たったのか、不用意に表に出たところで触手に捕まり、樹に呑まれた。そういうことにでもすればいい。聖なる王墓の中に溜まった糞尿を見て、他の冒険者や学者がどんな顔をするかも見てみたかった。

(どうせ、あんなものがあるんだ。今さら品性も何もないだろう)

散在する間抜けな黄金像に冷たい視線を送りながら、リヒャルトは一旦性器をしまってその場を離れた。
部屋の財宝の中から、聖剣を一本調達してきて、蓋の装飾の間に立てる。続いてずらしたままの蓋の上に乗り、剣の柄を掴んで屈んだ。こうすると、聖剣がちょうど手すりのようになって力みやすい。それからズボンと下着をずり下ろし、尻を蓋の空いている部分に突き出す。聖なる棺の上に尻を出して乗っかっている姿を誰かが見たら、何というだろう。

「俺は、絵に描いたようなお利口な聖人君子ってのが嫌いでさ」

腹に力を込めながら、リヒャルトは呟いた。

「糞くらえだ」

ブウッと大きな屁をかますと、続けざまにムリムリと糞が垂れてきた。剣を握る手に力を込め、鼻息も荒くきばり続ける。そのうち糞が千切れて、ボチャンと棺の中に落ちた。その音が、部屋中にこだまする。
中を確認すると、立派な一本糞が横たわっていた。金の棺に入った小便が水鏡になり、リヒャルトの顔を映している。バンダナの下からのぞくオレンジ色の髪が、一際輝いて見えた。猫のような目は爛々と輝き、顔は少し紅潮している。自分の糞とともに自分の顔を見るというのも貴重な体験で、ここでもリヒャルトは妙な達成感を味わった。大便からも強烈な臭気と湯気が立ち上り、神聖な部屋の空気を穢していく。

「偉大な王だか知らんが、こうなっちゃ形無しだな。尻に敷かれて、糞まで垂らされて」

次なる糞をひり出しながら、リヒャルトが勝ち誇ったように口にした時だった。
部屋の照明が一斉に消え、辺りが闇に包まれた。

「……なんだっ」

思わず身をよじると、糞が棺からはみ出て床に落ちた。構わず立ちあがろうとして、さらなる異変に気付く。足が動かないのだ。まるでそこだけ金縛りにあったように、立ちあがることができない。いかなる時も冷静沈着というのが信条のリヒャルトも、さすがに動転した。冷や汗が滲むのを感じる。

「愚か者め……」

突然、どこかで低くしわがれた声がした。
リヒャルトは思わず「ひっ」と短い悲鳴を上げ、肩を大きく震わせた。力み過ぎたのか派手な屁が飛び出す。

「だ、誰だ! どこにいるっ」

若干震えた怒鳴り声が、広い部屋に反響する。それが収まるのを待ったように、ふと、部屋の奥に明かりが灯った。

「う、うわっ」

リヒャルトの顔から一気に血の気が引く。そこにいたのは、松明を片手に掲げたミイラだった。真っ赤な身体に真っ黒な眼孔。服は豪奢で、王冠を被っている。

「朕が誰か、名乗るまでもあるまい」

ミイラは存外しっかりとした足取りで、ゆっくりとリヒャルトの方に近づいてくる。リヒャルトは必死に体をゆするが、足が動かず身動きが取れない。結果、尻を激しく振り、糞を飛び散らす効果しかなかった。

「ば、馬鹿なっ! 死体など、どこにもなかった! だから俺はっ」
「だから、朕の棺で用を足しておるとでも?」

リヒャルトが口ごもると、ミイラは呆れたように両手を広げた。

「なにもここに来た者はお前が初めてというわけではない。何度も首を狩られそうになったのでな。棺から出て、闇に溶け込んでおることにした。なにより、その金の棺は居心地がよくなくてな」

リヒャルトは何も言い返せず、ただ震えを抑えようと躍起になっていた。ミイラはリヒャルトに歩み寄りながら、言葉を続ける。

「だが、民と私を憐れんだ大地がこのダンジョンを作って以来な、盗掘の輩もとんと来なくなった。もともと、朕は過大な財に興味はないのだ。昔は首を狩られそうになったから反撃していたが、正直な所、朕はこの国を滅ぼしたこの金銀財宝を憎んでいる。
だからな、あのダンジョンをかいくぐってここに辿り着いたお前の知恵と勇気に免じ、好きなだけ譲ってやろうと思ったのだ。この若者なら、この財を世のため人のために役立ててくれると思うてな」

ミイラは、リヒャルトの正面近くにまでたどり着いていた。空っぽの眼で彼の顔をまじまじと見つめ、声を荒げる。

「それが、どうだ。棺に用を足すなど、死者を、そして国を滅ぼしてまでこの墓を築いた民の想いを、なんだと思っておる。財が役立つのであればそれは構わん。だがこんな行為に、何の意味がある」
「黙れっ!」

リヒャルトは恐怖を振り払うように大声で遮った。

「気付いていないようだから教えてやるよ。お前は王なんかじゃない、ただのアンデット系のモンスターだ。怨霊でも何でもない、醜いモンスターだ」
「いかにもアンデットのモンスターだが、それがどうした。世間では、それを怨霊や幽霊と呼ぶのでないのか? まぁ、呼び方はどうでもよいわ。お前の言う通り、朕は醜いモンスターだ。朕の死が結局国を滅ぼすことになってしまった無念を抑えきれず、このような姿と化して未だに留まっておる」

だがな、と、ミイラは皺だらけの指を伸ばしてリヒャルトを指さした。

「お前のような者に、醜いと言われる筋合いはない。どんな姿になっても、朕は人の心は失っておらん。お前は、ただの畜生だ」
「何だと」
「ところ構わず排泄し、死者を何とも思わない。お前のような奴は、生きていてはならん。必ず、災いを為すだろう」
「俺を殺そうってのか」

リヒャルトは、口元だけで笑って見せた。バンダナから汗が滲みだし、頬を伝っている。

「できるもんならやってみろよ、死体風情が」

腕の自由は奪われていなかったので、腰に下げていたナイフを抜き、目の前のミイラに投げ当てた。頭に深々と突き立つが、ミイラは何事もなかったかのようにナイフを引き抜き、地に捨てる。ナイフの落ちる音が、部屋中に響いた。

「き、効いてない……ッ」
「死体風情だからな」

ため息交じりに、ミイラは応えた。心底失望したという響きがこもっていた。

「相手の力量も見極められず、下半身を晒し己の排泄物に跨ったまま虚勢を張る。なんと愚かな人の子よ」

ミイラは中央の段を上り、既にリヒャルトの跨っている棺の正面まで来ていた。ミイラが松明を掲げ、リヒャルトの姿を赤々と照らし出す。床や棺、そして棺の中の尿が光を反射し、爛々と光る。リヒャルトの瞳に、怯えの色がありありと浮かんだ。

「お、俺をどうするつもりだ」
「やれやれ、せっかく照らしてやっているのだ。少しは自分で考えてみたらどうだ」
「な、何を言って……」

ふと己の足に目をやり、リヒャルトは絶句した。黄金の棺に跨った足が、まるで棺と同化したかのように金色に輝いている。

「な、なん、だ……これ……」
「昔は首を狩ろうとした者に反撃した、とも言った。その者どもがどうなったか、わかるか」

リヒャルトは、無意識に近くにあった黄金像を見つめていた。あまりにも醜く生々しい、この部屋に不似合いな像。カタカタと、リヒャルトの身体が震えを増した。ぎこちない動きで目線を足元に戻す。金色の部分はさらに広がり、腿のあたりまで達していた。

「あ、あ、ああ……っ」
「大好きな黄金になれるのだ。異存はあるまい」

絶句したまま、リヒャルトは俯いてしばらく震えていたが、やがて、小さく力ない声で、ぽつりと声を漏らした。

「……すけて……」
「んん?」
「た、たす、たすけて……お願い……っ」

ゆっくり顔を上げたリヒャルトの目は、涙で潤んでいた。

「この期に及んで命乞いか」
「ご、ごめんなさい。こ、こんな、棺にウンコなんて、お、俺……」
「泣いて謝れば許されるとでも?」
「し、死にたくないっ! こ、怖い、怖いんです。助けて、お願い」

ボロボロと涙をこぼしながら、リヒャルトは怯えた目で哀願した。涙に呼応するかのように、ぶら下がった性器から小便が放出され、バチャバチャと滑稽な音を響かせる。そんなリヒャルトには、数分前の威勢も虚勢も、既に全く残っていない。

「お前は、朕の棺に、国民の血と汗の結晶に、糞を垂れたのだぞ」
「は、はいそうです! 俺は、愚かなウンコ垂れです! が、我慢できなかったんです。そ、その、俺、馬鹿だから、いつでもどこでもウンコ漏らして……。だ、だから、わざとじゃないんです! 仕方なかったんです!」

とめどなく涙を流し、鼻水まで垂らしながら、リヒャルトは必死にまくしたてる。冷静沈着な頭脳派を自任していた孤高のシーフは、既に誇りの全てを捨て去っていた。ミイラは呆れたように頭を掻き、溜息をもらす。

「糞は、まだ出るのか」
「は、はい、もちろんですっ」

何を勘違いしたのか、リヒャルトはフンフンと激しく力み、新たな糞を生み出し始めた。棺の中に、またしても糞が伸びていく。ミイラは呆れかえって言葉も出なかった。この少年は、なぜ自分がこんな目に遭っているのかさえも、理解できていないのか。そう思うと、さすがにこの愚か極まりない盗賊が哀れに思えてきた。

「お前、そんなに死にたくないのか」
「は、はい、俺、死にたくない。死にたくないですっ」
「私欲を捨て、人の役に立とうと気はあるか」
「はい! お、俺、一生捧げて、償います、ずびびっ、だから、助けてっ」

リヒャルトの顔は涙と鼻水で酷い状態だった。垂れ下がる鼻水を拭おうと掌でこするたび、鼻と手の間に鼻水のアーチができる。結果、余計に伸びた鼻水は服や性器にまで繋がって、さらに醜さを増していく。

「ならば、お前に永遠の命をやろう」
「ほ、ホントですかっ」
「しかし、命を永らえるというのも辛いものだぞ。それ相応の覚悟を」
「できますっ! おれ、糞っ垂れの薄汚いコソ泥だけど、心を改めます。俺の一生、人のために捧げます」

叫びながらもリヒャルトは糞を伸ばし、時折甲高い屁も鳴らしている。薄汚いどころか、これ以上ないくらいの穢れた姿だった。

「……そうか、ならばよいが。そうだな、お前には客引きでもやらせてやろうと思うのだが」
「よ、喜んでっ」
「お前はどうも、愛想がなさそうだからな。明るく客を迎え入れるような、そんなポーズを取ってみてくれんか」
「は、はい! お、俺、シーフやってたから、東方の習俗とか詳しくて」

自分が頭の回転が早いという自負だけは、残っていたのかもしれない。それが空回りしていることにも気づかず、リヒャルトは生半可な知識を披露する。

「こ、こんな、猫みたいなポーズが、客と福を招くとか」

リヒャルトは右手を顔の側に持ってきて猫の手のように丸めて見せた。そしてキョロキョロあたりを見回すと、手近にある物なら何でも良かったのか、便器替わりにしていた棺に左手を突っ込み、自らがひり出した長い一本糞を掴んだ。そのままそれを股間の前に掲げる。その間もずっと棺の上に屈み、脱糞、放尿を続けている。

「にゃ、にゃあにゃあ、ま、招き猫っていうそうニャン」

猫に似ているという自覚がそうさせたのか、語尾まで猫の真似をする。ミイラにはリヒャルトの行動が全く理解できない。

「そ、そうか。東方の人間は変わっておるな」

仕上げとばかり、リヒャルトは恐怖を堪えて必死に笑顔を作ろうとする。歯はガタガタと震えたまま、口元を無理やり釣り上げようとする。
目も本人は笑っているつもりなのだろうが、恐怖による混乱がそのまま目つきに現れ、半分以上白目を剥いた状態になっている。ぶら下がる鼻水も相まって、笑顔というにはあまりにも醜く滑稽な表情と化していた。
尻からはまだ破裂音が続き、悪臭は強くなる一方だ。ミイラの方が耐えかねてしまった。

「うむ、もういいだろう。約束通り、お前に永遠の命を与えよう」
(やった……!)

安堵したのも、つかの間、リヒャルトは、全身が動かせなくなっていることに気付いた。表情ひとつ動かせない。

「そん…にゃ……!? にゃん……でっ……ひぃっ」

わずかに絞り出せた声が、最期の言葉となった。
が、ミイラの言葉通り、リヒャルトは死んではいなかった。

「約束は果たしたぞ」
(ど、どうなっている!? 話が違うぞ)

リヒャルトは、髪の毛の先から爪先まで、さらに言うと、手にした糞と尻から繋がった一本糞まで、まとめて一体の黄金像となっていた。どれだけ毒づこうと声は伝わらないどころか、表情も間抜けな笑顔のまま動かすことはできない。
永遠に、だ。

「こんなものが福を呼ぶとは、最近の人間は理解できんな。まぁよい、ここに置いておくのは我慢できんが、約束通り、お前はこれから客寄せの銅像にでもしてもらうんだな」

無様な姿で硬直したリヒャルトの頭をコツコツと軽く叩くと、ミイラは呪文を唱えた。次の瞬間、リヒャルトの姿は、地下王墓から消えていた。

 

 

 

 

「おい、なんだこれ」
「まさかこれ、純金か?」
「しかしなんて趣味の悪い……」

次の朝、樹海のふもとの村の広場は、人々で溢れかえっていた。一夜にして突然、そこに一体の黄金像が現れたのである。
バンダナを巻いた、シーフのような少年の像だった。だが、普通の像ではない。
まず、明らかに用便中の姿を表している。ズボンと下着をずりおろし、下半身は丸出し。尻からは、太く長い便が伸び、地面の近くまで達している。
顔は、気のふれたような歪な笑顔。驚くべきことに、複雑に糸を引いて伸びた鼻水や口の間の涎の糸まで、一本一本精巧に表現されている。
ぐるりと半分白目を剥いた大きな猫目。それに合わせたのか、右手は顔の前で猫のようなポーズを取っている。左手は野太い糞のような金の塊を持ち、腰の前で掲げている。

モデルは結構な美少年だったのだろう。が、この像は一言でいうと下品だった。知性や品性の欠片もない、黄金の無駄遣いのような作品だ。
首には赤い首輪が付けられ、そこから古代語で「ようこそ樹海の村へ」と書かれた垂れ幕が伸びている。

一番の問題は、誰がいつ、どうやってこれを作り、運んできたかと言うことだった。
樹海へ行く冒険者と、最近では珍しい豚肉目当ての観光客も訪れるが、小さく貧しい村である。これだけの黄金を調達できる人間がいるはずもない。
結局、これも例の豚肉と同じで樹海ダンジョンの産物の一つなのだろう、という曖昧な結論で片付けられた。売り飛ばして金に換えようという議論も起きたが、この品の無さでは買い叩かれるのが落ちだということで、このまま村のシンボルとして飾っておくことになった。
さっそく台座が用意され、そのまま広場の中央で展示された。ちょうど広場に面して、例の豚肉料理の店がある。
珍妙な造形と不思議な出自もあいまって、この少年像は意外と人気を呼んだ。そうしてひと月も経った頃には、豚肉料理と並んで村を代表する観光資源となっていた。

「これが例の招き糞か」
「本当に下品だな」
「人間の醜さと獣の浅ましさがよく表れていますね」

好き放題に論評する観光客の声を、その像は黙って聞き続けていた。

(もう嫌だ。誰か助けて……。せめて、死なせて……)

像の声は誰にも届かない。雨の日も雪の日も、ただこうして晒されるだけだ。

(助けて……兄貴……)

少年の像のすぐ後ろには、豚の首がぶら下がっていた。
捕獲第一号となった橙髪の豚の頭部が、看板代わりに店の門前に吊るされているのだ。

(兄貴……)

像の声は、届かない。

 

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