処刑ルート
「じゃ、競走で」
「そうこなくっちゃな。まだ、武功争いは終わってねーぞ、王賁!」
「ふん」
まだ終わっていない。信は何の根拠もないのに、未だに三人で生きて帰る気でいる。そこは信の美徳だと、蒙恬は思う。くだらない余興だろうが、そこに生きる望みがあるのなら、乗るしかない。何をやらされようと、助けが来るまでは、やりきるしかないのだ。
「さ、俺達の腹は決まったよ。さっさとはじめてくれないかな。足がしびれてきちゃったよ」
蒙恬が大げさに肩を竦めて微笑むと、敵将は下卑た笑みを浮かべてうなずいた。
「よかろう。ではこれより、秦国の若き勇者たちによる、射精競走を見せてもらおう」
敵将の宣言に、魏兵が湧く。その輪の中で三人は、言葉の意味を飲み込めずに唖然としていた。
「……は?」
王賁の口から、彼らしくもない間の抜けた声が漏れる。それにかぶさるように、信の怒声が轟いた。
「てめぇ!! ふざけてんのか!! 戦場でなに馬鹿なこと言ってやがる!」
「馬鹿は貴様だ。貴様らは捕虜なのだ。せいぜい笑わせてもらうぞ」
信が顔を真っ赤にして立ち上がろうとするが、低い位置で縛られているため、せいぜい腰を浮かせるのが限界である。蒙恬は、じたばたと足で宙を蹴る信と、低俗な余興を持ちかけた敵将に呆れ、またも大きく肩を竦めてため息をついた。
「はぁ、悪趣味だなぁ。おじさん、もしかして、ソッチの人?」
「ふん。思い上がるな小僧。ただの余興だ。飽きたら、捨てるまでよ」
敵将の冷たい目に、蒙恬の背筋に悪寒が走った。敵将の目は、今まで秦軍にさんざん仲間を殺され、故国を踏みにじられた怒りに満ちている。
(殺される……!)
蒙恬は今更のように恐怖らしい恐怖を感じ、冷や汗を流した。敵将は軽く咳払いをすると、足元で吠え続ける信を無視して説明を続けた。
「なに、簡単な競走だ。これより絞首刑を開始し、貴様らの首を絞めさせる。その後しばらく経った後、手は自由にしてやる故、好きに己を慰めるが良い。死ぬまでに射精できれば、首の縄をゆるめてやる。そして三人のうち最も射精の遅かったものは、そのまま絞め殺す」
「けっ、馬鹿馬鹿しい。てめぇ、俺が敵の前で、そんな情けない真似するとでも思ってんのか!?」
「不本意だが、彼の言うとおりだ。奴隷あがりの猿はともかく、士族に対してそのような言、無礼ではないか、魏の将よ」
「おうよ!……ん? てめぇ、王賁! 今俺を馬鹿にしやがっただろ!」
「よしなよ、仲間割れは見苦しいよ、信」
「誰が仲間だ!」
こんな状況で、信と王賁はまた口喧嘩をはじめる。蒙恬はそれをなだめながら、冷静に状況を分析していた。仮に手の縄を解かれたとしても、座った状態で首を固定され、締められていては、結局立ち上がることもままならない。
(助けが来なければ……俺達は……)
「ではそろそろ始めるぞ。せっかくの余興だ。秦軍の物見にも、見てもらおうではないか」
将の合図で、秦軍の陣取る方向にいた魏兵が囲みをとき、遠方ではあるが、秦の旗をはっきりと視認できるようになった。さらに縛られたままの蒙恬らの三人の部下達が、特等席とばかりに最前列に引き出される。
「心配すんな、こいつらぶっ倒して、秦へ帰ろうぜ。その前に、あの舐めたヤローをたたっ斬ってやる」
信は部下達、いや、彼の場合は、仲間たちと言うべきだろう。彼らに、余裕の笑みを見せて安心させる傍ら、敵将に睨みをきかせるのも忘れない。
「案じるな、すぐに終わる」
王賁は泰然として目を閉じている。二人とも、本当に肝が座っているのか、ただの強がりなのか、傍目にはわからない。自分もいつも通りでいようと、蒙恬は思った。
「ぼっちゃま……」
「あーもう、泣かないでよ。まぁ、なんとかなるんじゃない?」
副官の老兵に笑みを見せ、蒙恬は腹をくくった。敵が囲みをといたおかげで、秦軍本隊がその気になれば、簡単に救援は出せるはずだ。今は待つしかない。
「始めろ」
敵将が右手を上げる。同時に、背後にいた敵兵が杭の後ろの棒を回転させはじめた。ギリギリと音を立て、ゆっくりと縄が首に食い込んでいく。蛇に巻きつかれるようなその感覚に、蒙恬は嫌悪感を隠せなかった。
「やだな……これ。ちょっとまずいんじゃない?」
「はん、温室育ちのおぼっちゃまは諦めがはえーな。ならお前はこのままくたばってろよ、蒙恬」
そういうと信は勢い良く飛び上がるが、手と首の縄に妨げられて、杭に背中を打ち付ける。呻きを洩らしながら、信は何度もそれを繰り返した。
(無駄だ……)
杭も縄も、信の怪力を十分に考慮した上で作られているようで、全く効果があるとは思えない。腰を浮かしては尻もちを尽き、背中を打ち付け、信は自分を傷めつけていくだけだった。その間も三人の首の縄は、じわじわとしまっていく。
いよいよ肉に深く食い込み始め、痛みと息苦しさが蒙恬を襲う。
「うっ……」
酸欠と恐怖で、顔が青ざめる。苦しみはあくまでゆっくりと、少しずつ増していく。それが、恐怖を増大させた。すがるように王賁に目をやると、王賁はあぐらをかいて目を閉じたままだった。だが、彼の後ろで束ねた長い髪が、風もないのに前後に揺れていることに、蒙恬は気づいた。
(王賁が、震えている……)
よく見ると、平静を装いながら、王賁は後ろ手に縛られたまま、必死でガリガリと縄に爪を立てている。もう少し経てば手首の縄は敵がほどいてくれるというのに、無意識に体が動くのだろう。蒙恬も、気づけば足をせわしなく動かしていた。
「う、ぐえ、ぐるじ……ぃ」
いよいよ首に深く縄が食い込み、気道を圧迫し始める。無意識に蒙恬は呻きを上げ、空気を求めて口を大きく開けていた。
信は未だに身体を杭に打ち付けていたが、もはや脱出を図るというより、苦しみに悶え転げているようにしか見えない。木製の杭ですれたのか、信のむき出しの腕には、ところどころかすり傷ができていた。
「ぐ、ぐううっ。な、なぜっ! なぜ、助けが、こないっ!!」
王賁が悲痛な叫びを上げ、蒙恬は耳を疑った。王賁がこんな泣き言めいたことをいうなど、普段では考えられない。
「お前たちは自分達の立場が分かっておらんのだな。貴様らのような経験の浅い若造が我が物顔で戦場を動きまわって武功を奪えば、本隊の連中がおもしろいわけがない。我ら魏兵も、貴様らの三隊にはさんざん同士を屠られ、復讐の機をずっと待っていた。それがわかっておる秦軍は、命をかけてまで貴様らを助けに来んよ」
「く、くそ……! は、はなせっ、ここからだせっ」
「お、王賁……」
長い髪を振り乱し叫ぶ王賁。いつもは誰より冷静な王賁の取り乱した姿に、蒙恬は哀れみと同時に恐怖を感じた。だが、他人を哀れんでいる暇はない。縄は一層喉を圧迫し、意識が遠くなっていく。
「ぐげっ、し、じぬっ、しんじゃうっ」
蒙恬は舌を限界まで伸ばし、口端からは涎が幾筋か溢れている。
「無様だなぁ、秦の若き英雄たちよ。さて、そろそろ始めてもらおうか。滑稽な死の舞をな。せいぜい楽しませてくれよ」
将の合図で、魏兵が三人の手首の縄を解いた。しかし既に首に巻かれた縄が固く杭と身体を固定しているため、手が自由になったところで立ち上がることもできない。
三人は玉のように汗を浮かべながら、両手で首の縄を掴み、かきむしり、あるいは両手両足を振り乱して激しく抵抗を試みる。だが、もはや窒息で身体に力の入らない三人には、処刑台から逃れる術はなかった。
「ぐががっ、い、いやだ。俺はっ、俺はこんなとこでっ、し、死ねねぇんだよぉっ!」
真っ先に「動いた」のは、信だった。自由になった両手で乱暴に己の帯をほどき、居並ぶ敵や部下の目の前で、下半身を露出させたのだ。
「し、信っ!」
「隊長っ!?」
部下から静止の叫びが、敵からは爆笑が沸き起こる。
「おいおい、あれだけ食ってかかっておいて、お前が一番のりか。お前今、敵の前で肉棒を丸出しにしているのだぞ、わかっているのか」
「うるせえっ! 俺は、約束したんだ! 票と、政にっ!」
何を言おうが、死にたくない一心で衆目にむき出しの股間を晒し、両手で必死にしごきあげる猿のような姿は、間抜け以外の何物でもない。目に涙を浮かべ、顔を真っ青にした信は、もはや蒙恬の知る強気でむこうみずな好青年などではなかった。
「ひいっ、やだっ、死にたくないっ!! ぐ、ぐげっ」
酸欠で白目を剥きつつ、蒙恬も信にならって前をはだけ、肉棒を戦場に晒した。
首を絞められ生死の境を彷徨っているからか、既に股間のモノは怒張していた。右手でそれをしごきあげながら、左手は無駄と知りながら首元の縄をかきむしっている。
敵が大笑しながら派手に囃し立てる。いつの間にか酒盛りまで初め、蒙恬らの痴態を肴にしていた。だが蒙恬にも信にも、他人の目を気にする余裕などない、首を絞め上げられてガクガクと痙攣しながら、それに合わせるように腰を振りたくり、股間をこすり上げる。
「ぐ、ぐぐぅ……、こっ、このままではっ……!!」
王賁が苦しげに呻いた。そして尻もちをついたまま身を捩り、右手を下半身へ滑らせる。ついに彼も下衣をずりおろし、腰布をめくり上げて怒張した一物を衆目に晒した。王賁は上半身に鎧を着込んでいる分、下半身を露出させた姿は一層滑稽である。
結局三人とも、生への執着にとりつかれ、敵前で股間を晒してしまったのだ。敵がやじを飛ばして見物する前で、若き勇将たちは窒息に悶えながら、最期の力を振り絞って自慰を繰り広げていた。
信は首を杭に預け、地を踏ん張り、腰を大きく浮かせて一心不乱に股間をこすりあげている。もはやゼエハアと心もとない呼吸を繰り返すだけで、怒声のひとつも出てこない。
蒙恬は杭にもたれかかり、股間を大股に開いて片手で自慰を行っている。身体は弛緩して痙攣に伴い震える程度で、股間をしごく手だけが機械的に動いていた。だらりと舌を垂らし、白目を剥いている。だが一方で、自慰による快感で顔には赤みが差し、顕わになった肉棒はむくむくと頭をもたげていく。
王賁も窒息の苦しさに白目を剥き、鼻水や涎を垂らしていたが、彼の顔には、はっきりと焦りが浮かんでいた。出遅れた分を取り戻そうと、それこそ舞でも披露するかのように腰を大きくくねらしながら、死に物狂いで股間をまさぐっている。動くたびに鎧がガチャガチャとなり、玉のような汗が宙を舞う。
「で、でない、精がっ、で、でろ…おっ」
とても誇り高い名族の御曹司とは思えない台詞をはく王賁。その一物から、勢い良く液体が迸った。だが、それは精液ではなかった。
「うわっ、小便漏らしやがった!」
魏兵からまたしても哄笑が起こる。放尿しながらも腰をくねらせて自慰をつづけているため、周囲に撒き散らされた尿で、王賁自身の手はもちろん、隣にいる信の身体までが汚されていき、そこから湯気と悪臭が立ち上る。
敵兵の笑いが収まると、静かな荒野に、三人の荒い息遣いと衣擦れの音、それに股間を扱き上げることで発するぐちゅぐちゅという水音と、王賁の放尿音だけが響いていた。
そんな中、信が股間を擦り上げながら、顔を上げ、雄叫びをあげた。泡を吹き、涙や鼻水を垂らしながら、苦しみと快感で壊れたような笑みを浮かべている。
生命の危機に本能的に子種を残そうと精がわきあがってくるのかもしれない。あるいは人前で自慰を繰り広げるという背徳感に興奮しているのかもしれない。死の淵に立ちながら、信はいつにない興奮をも味わっていた。それは、蒙恬も王賁も同じである。
「ぐおおーっ!」
王賁の尿を浴びながら、ついに信の股間から精が吹き上がった。
「おっ、おっ、おっ、おっ」
信は口をめいっぱい尖らせて奇声をあげ、ぴゅっぴゅと勢い良く精を吹き上げた。出しきると同時に腰を落とし、バタリとその場に倒れる。魏兵から笑いと拍手が起こた。
「おめでとう、お前が一番乗りだ」
敵将の合図で、信の首にかけられた縄が緩められた。杭にもたれかかるように地に倒れこんだ信の顔は、白目を剥き、舌を伸ばした凄惨な表情のまま凍りついていた。その股間から、今度は尿が溢れ、信の身体の下に水たまりを作っていく。さらに、ブリブリと汚い音を立て、黒々とした便塊が尻から飛び出す。尿の上に溜まっていくその汚物を見て、信の部下や魏兵から、呻きや罵声があがった。
「くっせー! この猿、糞を垂れやがった」
嘲笑の的となっても、もはや信に言い返す気力などない。ただ、糞尿の上に倒れこみ、びくびくと痙攣を繰り返している。
そのころ、残った二人は死にもの狂いで醜い競走を続けていた。
「ひいいっ、やらっ…、しぬっ、しんじゃうっ、うがあっ」
「あ、ああっ、でろっ、でろ! 小便じゃない! 精液をっ、出したい、のにっ……っ!」
蒙恬は長い髪を振り乱し、泡を吹いて激しく痙攣していた。縄が深く食い込み、その顔は蒼白になっている。座るというよりも、ほとんど地面に仰向けにひっくり返っている。
王賁は片手で尿まみれの肉棒をめちゃくちゃに扱きながら、片手は宙をつかむように高く突き出し、同じく全身を震わせていた。目が血走り、空気を求めて広がった口と鼻孔からは液体が絶え間なく溢れ出てくる。
「あ……がっ……」
やがて二人が言葉すら発せなくなったころ、弛緩していた蒙恬の下半身から大小便が漏れだし、濁った水溜りの上で、彼の体が陸に揚げられた魚のように跳ね上がった。
「死んだか」
敵将が呟いたその時、小便を撒き散らす蒙恬の肉棒から、どろりとした白濁液が吐き出された。敵将が合図を送り、兵が縄を緩める。
蒙恬は信と同じく己の小便の海に倒れこみ、糞尿をまき散らしながらピチピチと跳ねまわっている。虫の息ではあるが、まだ死んではいない。
「決まりだな。敗者は、お前だ」
敵将が冷たく王賁に言い放つ。もともと蒼白だった王賁の顔から残りの血の気が一気に引き、窒息に苦しむ顔に恐怖と絶望がはっきりと浮かんだ。
「や……だ……し、に……だぐ……な……い……」
運命は決したというのに、王賁の右手は未だに己の股間を擦り上げている。掲げた左手は、何かを掴むというより、助けを求めているように思えた。首は限界まで締め付けられ、ちぎれんばかりにくびれ、うっ血して紫色に変色している。
最期の力を振り絞るように片膝をつき、王賁は正面に座る部下達に、必死の形相で訴えた。
「だ、れ……か……だず……げ……」
それが、王賁の最期の言葉となった。
ひゅうっと、喉の奥から妙な音がしたかと思うと、王賁の血走った目がぐるりと完全に白目を剥き、口から大量の泡が溢れだした。がくがくと膝が笑い、まるで踊るかのように身体を振り動かす。尻からはおびただしい量の糞便が流れだし、自身の下半身と地面を茶色く染めていく。前からは、体内の水分をすべて吐き出すかのように、勢い良く尿が発射された。
糞尿をまき散らして死の舞を演じる王賁に、魏兵から嘲笑と拍手が送られる。
長い放尿を終えた後、今更のように精液を噴き散らして、王賁は見るも恐ろしい凄惨な形相を張り付かせ、己の尿の中に突っ伏した。
その体はしばらくビクビクと激しく動きまわっていたが、やがて動きが弱まり、ついにはピクリとも動かなくなった。
喝采をあげる魏兵とは対照的に、王賁の部下達はただ唖然とその死体を見つめ、言葉を発する者はいなかった。
「おう……ほん……」
意識を取り戻した信が弱々しく呼びかけたが、返事が帰ってくることはなかった。うつ伏せに倒れた王賁は、信や蒙恬の方向に顔を向けていたが、舌をだらりとはみ出させ、恐怖と苦悶に歪んだ汁まみれのその死に顔は、信たちの知っている王賁とは似ても似つかないものだった。
死の淵まで追い込まれた上に、冷静で厳格だった王賁の惨めな死に様を見せつけられ、信と蒙恬は恐怖に震え上がった。二人とも、己の糞尿で衣服を濡らし、下半身ははだけて露出したままである。
「い、いや、だ。王賁が、死んじゃうなんて、こんな……」
しばらくして、なんとか自力で動けるまでになった蒙恬が上体を起こし、弱々しく言った。未だ首に縄は巻かれているが、緩められているのでその気になれば脱出できるのかもしれない。それを試みる気力さえも、奪い取られていた。
隣の信は涎も拭わず、尿の上に倒れながら呆然と王賁の死体を見つめている。
「王賁……お前の犠牲は、無駄にはしねえ。必ず、いつか、仇はとってやる
「なにを言っている。まだ二人も残っているではないか」
思いもしなかった言葉に、二人の体がびくりと強張り、反射的に敵将の顔を見上げた
「さて、休憩はこれまでだ。二回戦開始というこうか」
「いやだ……」
縄の後が残った首に手を当てながら、蒙恬が青白い顔を左右に振った。
「も、もうあんな苦しいのは、い、いやだ。た、助けてください! なんでもします!」
ついに蒙恬は、己の尿の上で力なく土下座し、敵将に懇願した。
「なんでもするか」
「はい! だからどうか! 命だけはっ!!」
土下座する蒙恬を見て唖然とする楽歌隊の兵の視線に気づき、蒙恬は恐怖に引きつった顔を弱々しく上げて、震える声で言い訳をする。
「ご、ごめん。王賁までこんなあっけなく殺されて……。おれ、もう……」
「ぼっちゃま……」
蒙恬と部下達の会話に、魏兵からまたしても笑いが起こる。
「そうか、なら、隣のやつの尿を飲め」
「えっ」
「うまく舐められたら、一人だけ助けてやってもよい」
当然、魏将には三人を生かして帰るつもりなどさらさらない。それを察していたはずの蒙恬だったが、恐怖で思考が乱れ、本能的にその命令に従い始めた。
首に縄を巻かれたままぺたぺたと信の足元まで這うと、犬のように舌を出して、その尿を舐めはじめたのだ。
「も、蒙恬……」
「お、おええっ」
えずき、むせ、嘔吐しながら、蒙恬は四つん這いで信の尿をなめとっていく。
「決まりだな。こっちの猿には、死んでもらうか」
敵将のその言葉に、信の体が無意識に動いた。飛ぶように王賁の死体のそばへ移ると、口を蛸のように尖らせて、勢い良く大便の混じった尿を吸い上げ始めたのだ。
敵味方の間から、どよめきが起こる。
「し、信……」
正面にいる彼の仲間たちが、驚きと哀れみのこもった目で信を見つめている。その視線を感じながらも、信はぺろぺろと、王賁の残した水溜りを吸い続ける。
「お、俺は、死ねない! 票との約束を果たすまでは、どんなことをしても生き延びて、最後まで、諦めない! 奴隷を舐めるなよ!」
信は汚物まみれの顔を上げて敵兵を一喝すると、転がっていた王賁の死体を仰向けにひっくり返し、その股間に顔を埋めると、丸出しになっていた肉棒にむしゃぶりついた。
これには魏兵すらも息を飲んで静まり返る。信は口を限界まで伸ばし、死体の一物から残尿を吸い上げては、ごくごくと喉を鳴らして飲み干していく。時折鼻から尿を逆流させてむせ、涙を流しながらも、決して口を離さず吸い上げ続ける。
「あ、あ、あ……」
敗北を悟った蒙恬が、両手で頭を抱え込んで座り込み、震えながら大粒の涙を流した。
そんな蒙恬を尻目に、信が王賁の体内から尿を吸い尽くした時、敵将が静かに合図を送った。
「い、いやだ」
震える蒙恬の首の縄が、高速で巻き取られていく。
「ああ、ここまでなのか…っ!? え、援軍は」
「気付かなかったのか?秦の物見ならなんども様子を見に来ていたぞ。まぁ、お前たちの醜い姿に、助ける価値などないと判断したのだろうな」
「そ、そん……な……ぐえっ」
巻かれる縄に引きずられ、蒙恬の体は再び杭に密着させられる。そのまま躊躇なく首を締め付けられ、蒙恬は手足を必死に動かして抵抗するも、その手は空を切るばかりだった。
「い、嫌だあっ!! 死にたくないっ」
尿に濡れ重くなった髪と衣服を振り乱し、蒙恬は叫ぶ。その甲斐なく、次第にその顔が腫れ上がり、口から再び大量の泡を吹き始める。王賁同様に歪みきったその顔に、その場の全員が、蒙恬の死を確信した。
「す、すまねぇ、蒙恬! 許してくれっ……」
汚れきった顔をひきつらせ、信は涙を流して戦友に詫びた。
蒙恬は両手で首をかきむしるが、血が出るだけでなんの効果もない。やがてその手の動きも、緩慢になっていった。
「ぐええぇっ……!!」
短い断末魔があがり、蒙恬の両腕がダランと垂れ下がる。
柱に磔になったような形で、蒙恬はついに息絶えていた。その股間は死後もびくびくと波打ち、人生最期の射精を行っている。
「さて」
蒙恬の最後の射精に目もあてられず、目をそむけて嗚咽していた信に、敵将が静かに歩み寄った。そのただならぬ殺気に、信は顔を上げた。気づいてしまったのだ。
「まさか……そんな」
「こんな姿を晒した以上、どの道お前に帰る場所などないだろう。諦めるんだな」
いまだに股間を丸出したまま尻もちをつき、必死に後ずさる信。そんな信に影を落とし、敵将が剣を振り上げた。
「いやだっ! ここで俺まで死んだら、二人の死は無駄になっちまう!」
「そんなに死にたくないのか。恥ずかしいやつめ。ふむ、そうだな。なら、もう一度射精を見せてもらおうか。皆によく見えるようにな」
敵将が振り下ろした剣で信の首の縄を切る。自由になった信だが、裸同然で敵に囲まれている状態ではどのみち逃げ道はない。おまけに信頼できる仲間たちの醜い死に様を見せつけられ、信の牙はすっかり抜かれていた。
「ちっ」
舌打ちしながらも、信は大人しく立ち上がった。汚れきった衣服をまとっているが、帯をといているので下半身は丸出しである。信はそのまま股を広げ、両手で自慰を始めた。既に体中汚物まみれで、悪臭と湯気を放っている。そんな姿を数千の敵味方に見られながら、戦場の真ん中で、自慰を見世物にされている。屈辱に塗れつつも、それが信の興奮を呼び起こした。
敵の笑い声、味方の怒声、悲鳴。そんなものから逃れるように、信は歯をくいしばり、目を閉じて、自慰という名の芸を繰り広げる。さらには敵将の指示で、周囲を取り巻く兵全員に見せつけるように、ぐるりと回転しながら、股間をしごきはじめた。
やがて信の息遣いが荒くなり、顔が紅潮していく。
(俺、こんな状況で。仲間を殺され、こんな姿で、敵の醜態を晒して……興奮しちまってる!)
信は異常な状況での異常な快感に打ち震え、手を動かすばかりか腰までへこへこと動かし始めた。まさに、敵味方の真ん中で、踊りながら自慰を繰り広げているような格好である。爆笑につつまれ、股間はいよいよ大きく膨らみ、先走りが手の隙間から漏れてこぼれていく。
「おっ、おっ、ああっ、出るっ、あひっ」
いつのまにか信の顔はだらしなく蕩け、歪んだ口元から舌まで飛び出している。涙も鼻水も拭えず、快楽に堕ちきった表情を大勢に晒して、狂ったように体を動かし、よろけながら激しく股間を扱きあげる。怒張しきった肉棒が天を指し、激しく震える。いよいよ、射精する。その時。
「ああっ、あはっ、俺、最低だ! 票! 政! 許してくれぇっ! こんな俺を、許してくれえっ!んはあああぁっ」
「ふふ、それはあの世で本人に言うんだな」
「えっ」
信の股間から精液が吹き出し、同時に、彼の首が宙を舞った。
「なん……でぇ……っ?」
快楽に歪みきっただらしのない表情のまま、首はぼとりと地に落ち、汚れた地面を転がった。
敵将は剣についた血を拭い、その首に冷たい笑みを落とした。
「悪く思うな。我らとて、貴様ら多くの仲間を殺された。これは復讐なのだ」
凄惨な最期に釣り合わない、幸せそうな間抜け面をたたえた信の首は、もう、何も答えることはなかった。後ろで垂らしたその長い髪を掴んで首を持ち上げると、敵将は部下に指示を残して、馬を止めてある方へ帰っていった。
やがてその場に三本の高い柱が打ち付けられ、三人の死体が上空高く掲げられた。真ん中の青い服の少年の死体には、首がない。他の二人は、恐怖に歪んだ顔をそのまま凍りつかせている。三つの体は、このままこの戦争が終わるまで見せしめにされ、鳥に啄まれて朽ちていくのだろう。
地上には帰り支度を始める魏軍と、呆然とする秦の捕虜たち、そして、三人分の糞尿が残されていた。
しばらくして、秦の王宮に、ひとつの桐箱が届けられた。
信の友人でもあった大王・政が箱を開かせると、中には首が入っていた。およそ戦士のものとは思えない、歪みきった醜い死に顔である。
「ああ、信。大将軍になって、俺を支えるのではなかったのか……」
人払いをし、箱を抱えてうずくまっていた政だが、やがて部屋から出てくると、冷徹な大王の顔に戻っていた。
「その首を見せしめに晒せ。敵に無様を晒した罪、断じて許さん。急ぎ軍を再編し、魏を完膚なきまで叩き潰せ」
秦と魏との戦は、その後さらに激しさを増した。
そして熾烈さを増す戦場で朽ち果てながら、三人の若者の存在は、やがて忘れ去られていった。
完