時は春秋戦国時代。
弱者は滅び強者だけが生き延びる、無常で過酷な乱世。そんな時代を好機と捉え、武功を上げて大将軍に上り詰めようとする、三人の若き武将がいた。
秦国の独立三百人隊長・王賁 (おうほん)、蒙恬 (もうてん)、そして奴隷出身の信。
魏国との合戦を舞台に、手柄を競い合い邁進する三人は、千人隊が出る幕のないほど目覚ましい武功をあげ、敵味方を問わず畏怖される存在となっていた。
ところが……。
「あーあー。君たちのせいで、俺まで捕まっちゃったじゃない。やだなぁーもう」
「てめぇ蒙恬! 何抜かしてやがる! お前が横から割って入らなきゃ今頃はなぁ!」
「うるさいぞ。少しは大人しくしていたらどうだ」
戦場の中央で、三人は地に突き刺した木製の杭にくくりつけられ、ふてくされたように座り込んでいた。周囲は既に敵兵に囲まれ、彼らが率いていた兵たちは皆縄で縛られ、三人から少し離れたところで跪いている。
明らかに、これから始まるのは隊長格である彼ら三人の、公開処刑であった。だが、三人は三様ながら、普段と変わらぬ態度で悪態をつきあっている。
名族の当主として誇りが高く、真面目で冷静な王賁。同じく名家の出ながら、飄々としてつかみどころのない蒙恬。そして、奴隷から武芸と勇気で成り上がった、粗野だが純真な信。三人はライバルとして功を競いながら、互いの実力を認め合っていた。だが、功を焦るあまり、三隊の連携がうまくいかず、魏軍に裏をかかれ敗北してしまったのだ。
「おい、俺は諦めねぇぞ! 俺は大将軍にならなきゃなんねぇんだ! こんなとこで死んでる暇なんかねーんだよ!」
「黙れと言っているのがわからないのか?」
「まぁ、こうなっちゃったらもう、腹をくくるしかないよね。煮るなり焼くなり、ご自由に。あ、でも痛いのはやだなー」
口では何を言おうと、三人とも考えていることは変わらない。時を稼ぎ、援軍を待ちながら、脱出の糸口を見出す――。
三人とも相当に腕が立ち、部下も精鋭揃い。乱戦になれば、敵の囲みを抜いて反転攻勢に出ることも不可能ではない。どういうわけか、敵は本陣ではなく、秦軍からも見通しの利く戦場で処刑を行おうとしている。秦軍が救援を出そうと思えば、すぐに駆けつけられる距離だった。信はともかく、王賁と蒙恬は将軍の息子である。救援は来る、そう考えるのももっともである。
(だが、敵は外だけではない……)
一番気楽そうに構えている蒙恬だけが、内心、焦りを感じていた。
蒙恬は今回の軍の総大将の孫である。普通に考えれば、全軍を挙げて救出する価値のある要人だ。しかし、身内に厳しい祖父が、孫を救うために軍を動かすかどうか。
おまけに三人は若輩で小身ながら功を独占し、上官に当たる千人将たちを蔑ろにするところがあった。特に信など、上官を斬り伏せている。自分たちが敵以上に味方から恨まれ、疎まれていることに、蒙恬は、そして魏軍は気づいていた。
「それでは、これより、秦軍三百人将三名の処刑を執り行う」
敵将が宣言すると、三人が縛られている杭の後ろに、兵が一人ずつ回り込んだ。兵はいずれも、縄と木の棒を手にしている。
(絞首刑……!)
蒙恬の額に冷や汗が流れた。抵抗する間もなく、兵は蒙恬の首に縄を巻き、先端を結んだ木の棒を、蒙恬の身体を括りつけている杭の後ろで固定した。後はこの棒を回すだけで、首に巻いた縄が巻き取られていき、じわじわと首が絞まっていく。上から吊るすよりも、時間をかけてゆっくりと確実に殺せる絞首の手法だった。
時間がかかる分、苦しみは相当なものだ。だが、その分、救援を待つ時間は稼げる。これが吉と出るか凶とでるか。
蒙恬はへらへらと笑みを浮かべたまま、生唾を飲んだ。
隣の信は、相も変わらず敵兵にむかって吠え続けている。何も考えていない。
さらに隣の王賁は、ただ目を閉じて大人しく座している。だが、諦めではなく、救援が来ると確信して勝機を待っていることは、その表情を見ればわかった。
「ねぇ、なんでこんな、戦場の真ん中で処刑なんてするのかな?」
少しでも時間を稼ぐため、蒙恬は敵将を上目づかいに見上げ、媚びるように聞いてみた。
「決まっておろう。散々われらを痛めつけてくれた貴様らを、見世物にするためよ」
(やっぱり、それが目的なのね)
自軍の鼓舞と、敵兵の士気の阻喪。王道といえば王道である。絞首であれば、呼吸困難で苦しみ、醜い形相を晒しながら糞尿を垂れ流すことになる。
隣の信は、悪態をつきながら、後ろ手に縛られた腕を懸命に動かしている。力ずくで杭を引っこ抜くなり、縄を解くなりしようとしているのだろうが、まるで効果はありそうにない。信の力で無理なら、自分にも到底破れないだろう。
(これはいよいよ、助けが来ない限り、自力での脱出は不可能か)
蒙恬の胸中に焦りが湧いてきた時。
「お前たちは、俺達が期待通り無様な姿をさらすとでも思っているのか?」
王賁が落ち着いた声音で、笑みをこぼしながら敵将に問うた。
「馬鹿にしやがって。こんな縄で、俺を殺せるもんなら殺してみやがれ!」
信の気迫はまるで衰えない。凄まれた敵将が一歩、後ずさる。
「あ、あはは。お手柔らかに頼むよ」
蒙恬は、ただ笑顔を浮かべた。二人のまるで恐れのない態度に、多少心が奮い立つ。
「ふん、どこまでも舐めた餓鬼どもよ。ただ殺すのはもったいない。お前たちには、とことん無様な見せ者になってもらわねばならんのでな。だが我らも鬼ではない。そこで……」
敵将は不気味な笑みを浮かべながら、意味ありげに三人の顔を覗きこんだ。
「一人だけ、解放してやろう」
「なんだとっ」
信が叫び、王賁の目が開いた。
「お前たち三人に、ある遊びをしてもらおうと思ってな。ふふ、我らにとっては賭け事よ。余興の勝者だけ、見逃してやろうではないか」
「信用できるか、そんなの!」
「俺は、やるぞ」
信が叫ぶと同時に、王賁は当たり前のように参加を表明した。
「弱者は、秦軍にはいらん」
時間を稼ぐつもりなのだろう。助けが遅れた時のために、かけられる保険はかけておく。王賁らしい判断だ。
「ああ、そうかよ! なら俺も乗ってやるよ。助けが来るまでの暇つぶしだ」
「そう? じゃあ俺ものろっかな~」
王賁の策に乗り、蒙恬も参加を表明する。これが果たして正しい判断か、蒙恬には判別がつきかねていた。
「そうか。よしよし。なら、肝心の余興の内容だがな。競走か我慢比べ、好きな方を選ぶがよい」
(競走と、我慢比べ?)
それが何をするのか、蒙恬が思案しているうちに、
「おっしゃぁ! んなもん、一位争いの方がいいに決まってんだろ!競走だ」
「うるさいぞ。俺は、根比べでいい。こんな暑苦しいやつと、こんなところでまで一位争いなどしたくはないからな」
「なんだと!? おい、蒙恬、お前はどっちがいいんだよ」
「俺は……」
生きるか死ぬか、ここが分かれ目かもしれない。
根比べ→2ぺージへ
(固めルート)
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(処刑ルート)