『帝国の落日・裸の王様(後編)』の続編です。
カストル帝国王城、展望台。
R………ルードヴィッヒ・カストルは、窓際のテーブルで優雅に紅茶を飲んでいた。視線の先には、港の時計台。そこには、前皇帝ハーヴェル・カストルがぶら下がり、気の狂った顔で何事かわめきながら、汗や涎鼻水に小便、さらには大便までもを垂れ流している。
「あーあー、あれじゃあ毎日掃除が大変だ。ふふ、あれじゃもう、カストルじゃなくてスカトロ王だね」
あはは、と機嫌よく笑い、Rは後ろに立っている男を振り返った。
「キミもそう思わない?」
男は、異様な恰好をしていた。顔の上半分をすっぽりと覆う異形のヘルメットをかぶり、上半身は鎧を着こんで剣を帯びているが、下半身は丸出し。Rに呼び掛けられると、そそりたった大ぶりのペニスをピクピクと震わせ、先走りが糸を引く。メットに覆われて表情はわからないが、口は半開きになり、こちらからも涎の糸を垂らしている。
「あははははは!こっちも堕ちたもんだね。うんうん、今までの無愛想より、そのマヌケな姿の方が愛嬌があっていいと思うよ」
Rはカップをテーブルに置いて立ち上がり、メットから伸びている男の長い銀髪をなでながら、その耳元で囁いた。
「これからもヨロシクね。………ゼラス将軍」
全ては思惑通りに進んでいた。
城のそばにある要塞の守将が王国の騎士の弟と、人間をいたぶるために入隊したという変質的な少年であると知ったRは、和平の使者としてヴァルフラムを向かわせた。そして潜り込ませた部下に騒ぎを起こさせ、哀れな捨て駒を敵に調教させることに成功した。
想像以上の調教結果に、彼らならハーヴェルを見る影もない姿に変えてくれると確信したRは、レジスタンスに寝返る旨の書状を送った上で遠征に出発し、帝都をわざと占領させた。そして油断したレジスタンスの本拠地を当初の予定通り堂々と攻撃。無敵のゼラスがいれば占領は大したことではなかった。その後島中に催眠ガスを撒き、ゼラスや彼の部下もろともレジスタンスを沈黙させ、レジスタンスのリーダー・ギャレッドとゼラスの捕獲に成功した。
後は頃合いを見計らって本土に戻るだけ。案の定汚物と化したハーヴェルに、国民は失望しきっていた。続いてレジスタンスのリーダーが、これまた変態と化して痴態を晒しながら戻ってきたのだから、国民は誰を頼ればいいのかわからない状態に陥った。そこで隠していた4個師団に王城を急襲させ帝都を奪回、城に乗り込んで自分が正当な皇位継承者であることを明かせば、大した混乱もなく帝国を手に入れることができた。
あとは事態が落ち着いた後、ハーヴェルを国賊として処刑し、正式な即位式を行えばいい。
長かった。だがこれでようやくこの国が名実ともに自分のものとなるのだ。
「………ついにやったよ、母さん」
Rがテーブルに戻ったところに、片眼鏡をかけた初老の男が入ってきた。
「やぁガトー博士。キミには感謝してるよ。催眠ガスといい、このヘルメットといい、キミの協力がなければ、ここまでうまくはいかなかった」
「なに、こちらこそ。洗脳実験なぞ、前の皇帝の下では決して日の目を見んかったろうからな。研究を有効に使ってもらえるなら、学者冥利に尽きるというもの」
ガトーはRの正面に腰を下ろすと、直立不動で立ち尽くすゼラスを眺めて満足げに笑った。
「しかし、酷いものだな、ハーヴェルの姿は。お前も心が痛むんじゃないのか?」
「まさか。いい気味だよ。ま、アレが人間であるうちに、ちゃんと挨拶しておきたかったとは思うけど」
「はは、酷い兄だ」
ハーヴェルの父、先代皇帝は、気が弱いくせに女遊びが趣味だった。その皇帝が、貧民街の売春宿で、卑しい娼婦との間に作ってしまったのがRだった。ガトーはその娼婦…Rの母の兄に当たる。ガトーは妹親子を守るため、子のいなかった皇帝を説得して妹を側室に取り立てるよう迫ったのだが、2年後に正妻との間にハーヴェルが生まれたことで、皇帝は隠し子であるRとその母を追放し、弾圧するという暴挙に出た。追手から逃れる最中に、母は死んだ。それからというもの、Rはガトーに英才教育を受けながら、帝国への復讐だけを考えて生きてきた。
「あとは即位式を待つばかりか。お前は本当によくやったよ。妹も喜んどることだろう」
「ま、不安要素がないわけでもないんだけどね」
要塞の将、コールという男は思った以上に有能な男だった。4個師団に城を急襲されるや、即座に不利を悟って鮮やかに撤退し、その際、シェミルをはじめとするハーヴェルの重臣たちを全て解放した。彼らは当然、裏切り者のRを恨んでいることだろう。コールはいずれ彼らを使ってレジスタンスを再決起するつもりなのだろう。
(ふふ、でも、アレの扱いをどうするのかな?せいぜい悩むがいいさ)
Rは再び窓の外を見やった。ハーヴェルを吊るす時計台が黒く陰り、背後の海に夕日が輝いている。
帝国の落日。
そして、すぐに夜明けが来る。Rを頂点とした、新しい帝国に。
「くそっ、Rめっ!」
コールは、悪態をつきながら壁を叩きつけた。Rの侵攻から間一髪のところで身をかわし、残党をまとめて要塞に引き上げたまではよかった。だが、Rは、彼らのもとにとんでもないモノを送りつけてきた。
「おへへえぇえぇえぇ~!コールぅ!!チンポくれチンポぉ!オレのケツマンに、突っ込んでぇぇぇぇ!!!」
生まれ持ったカリスマ性と持ち前の気風の良さ、それに磨き上げた剣の腕でレジスタンスを立ち上げ、まとめあげた鬼才、ギャレッド。コールの前に転がっているのは、その成れの果てだった。
「リーダーがこんなになっちゃ………俺たちゃもう終わりだ」
「くそっ、今までオレはこんな奴に憧れてたのかよ!悪いがもう付き合いきれねぇ」
レジスタンスが帝国を追い詰めるほど成長したのは、ギャレッドの人柄に拠るところが多い。そのギャレッドがこうなってしまっては、もはやコールにも、去っていく仲間を引き留めることなどできなかった。
(だから言ったんだ。和解なんて生ぬるい考えで、リーダーが務まるか、と)
コールは、つい先日のギャレッドとの会話を思い出した。確かにギャレッドは「和解もありだ」と言っていたが、同時に自分の父親を嘲笑うようなことも言っていた。Rに騙されて痴態を晒し、結局国を滅ぼされた。それは自業自得で、弱者が滅んだだけのことだと。
しかし、そのギャレッド自身も、Rに騙され、こんな姿に成り果ててしまった。生存者の話では、島を占領したRは、仲間を殺されたくなければ裸で踊れとギャレッドを脅し、その挙句、ギャレッドの痴態に呆然としている島のレジスタンスを一網打尽に殺し尽くしたという。そしてRはギャレッドにさらに投薬して調教を続け、レジスタンスを壊滅させる爆弾として、この要塞に送り込んできたのだ。
「うひぃ~チンポォ~!誰でもいいから突っ込んでくれよぉぉッホォォォ~!!」
「あんな口を叩いておいてこのザマかよ…。優しさを捨てきれないから、仲間への情に流されて…結局仲間を死なせて…なんてザマだよっ………」
自然と涙が溢れてきた。抑えようとしても抑えきれず、コールはその場にうずくまってしまった。と、不意に背後から冷たい声がした。
「ならさー。とっとと殺しちゃおうよー、それ」
コールが涙目で振り返ると、副官のキンスター少年が不気味な笑みを浮かべてこちらを見下ろしていた。
「情にほだされるのは馬鹿馬鹿しいよー?こんな汚物とっとと処理して、たいちょーがリーダーになればいーじゃない」
「貴様っ!……くっ、殺したところで同じことだ。島での大量虐殺でメンバーは既に半分以下だ。どのみちギャレッドがいなくなれば、もう戦うことなどできない」
「フーン。あっそー。でも、たいちょーも酷い人だねー。帝国の貴族や皇帝は、あんなに容赦なく潰したのにねー。あははははは」
言い返せなかった。どんな姿になろうと、ギャレッドは恩人だった。兄と国を失い、一人でさまよっていたコールを仲間に引き入れ、ナンバー2にまで取り立ててくれたギャレッドを手にかけるなど、できそうもなかった。
「なら、チームは解散、ってことだねー。じゃ、いらないならコレ、貰ってくねー。オレは好きにさせてもらうよ。ゴミでもなんでも、使えるものは有効に使わないとねー」
「待てキンスター!お前何をっ」
コールが立ち上がったときには、キンスターはギャレッドを抱えて窓から飛び降りていた。慌てて見下ろすと、少年がギャレッドを馬に乗せ、早々と走り去っていくところだった。
「キンスター!戻れっ!!バカはやめろっ!!キンスター!!」
薄暗い闇に溶け込み、キンスターの姿はすぐに見えなくなってしまった。
「R様。レジスタンスのキンスターという者が、面会を求めております」
数日後、皇帝の間で目覚めたRは、起き上がるより先に外から声を掛けられた。頭を掻きながら、面倒だから殺しちゃえ、と言いかけたところに、召使いの次の言葉が飛び込んできた。
「なんでも、面白い手土産があるとかで」
すぐに察しがついた。キンスター……以前からおもしろい奴だとは思っていた。遊んでみるのもいいかもしれない。Rはベッドから起き上がり、皇帝の礼服に袖を通しながら、上機嫌に答えた。
「へー、楽しそうじゃん。謁見の間に通して。それから、ドクターも呼んであげてよ。将軍も、ね」
Rが謁見の間に入ると、既に玉座の前で少年が一人、跪いていた。傍らには、布のかかった大きな箱が置いてある。
「ルードよ、あの小僧は何だ?身なりからして、わざわざ謁見を許す程の者とは思えんが」
入口のそばに立っていた伯父が、訝しそうに尋ねてきた。その横には、相変わらず下半身を露出させたゼラスが立ちつくしている。
「まぁまぁ、なんか愉快なプレゼントがあるそうだよ。付き合ってやろうじゃん」
Rが玉座に着くと、キンスターが頭を下げた後、顔を上げた。四方に跳ねた固そうな黒髪に、真っ赤なバンダナ。全身黒タイツで、大きな猫目が真っ黒に光っている。口元には、うっすらと笑みが浮かんでいた。
「キンスターくんだね。噂は聞いてるよ。ヴァルフラムが随分と世話になったようだね」
「あははー。こっちこそ、面白いオモチャ、ありがとーございました。すぐ壊れちゃいましたけどねー」
ニコニコと微笑む少年の後ろに、どす黒い影が見えるようだ。
「ふふふ、ありゃ、お前さんと同族だな」
「一緒にしないでよね。僕は意味のない殺しはしないよ」
背後に控えたガトーが小声でからかってきたので、Rも小声で返す。それからキンスターに向き直って
「で、なんだい、そのプレゼントって?まぁ、だいたい想像つくけど」
「あははははー。たぶん、期待どおりだと思うよー」
キンスターが箱にかかった布を勢いよく外す。と、部屋にいた衛兵の何人かが思わずうめき声を上げた。
透明のガラスケースに入っていたのは、尻を高く掲げ、悦楽に歪みきった無様な顔から舌を突き出し、片手で自らのペニスをしごいたポーズのまま固まった男………。
………ギャレッドの、剥製だった。
「ほぉ。これはこれは」
ガトーが感嘆の声を上げる。おそらく自分も何体か作ったことがあるのだろう。
「これは驚いたな。ここまで見事な剥製は私にも…… さては生きたまま……」
「男に掘られて腹上死する、美形のカリスマ革命家、ね。へー、まぁまぁ面白いけど。でもプレゼントも何も、これってもともと僕が君らにあげたものじゃない」
「あはははー。もらったのは素材だけ。加工してちゃんとした製品にしてみたんですよー。例の博物館にでも飾ってやってくださーい」
尻やペニス、そして顔中の穴から出る液体まで、糊か何かで丁寧に塗り固められている。ガトーは大変満足したようで、ケースに手を付けてしげしげと眺め回している。
「ルード、この少年、ただものじゃないぞ。いや、実に面白い。是非展示しようじゃないか。あのペニスの剥製だけじゃ寂しいしな。作家として負けるのは悔しいが、いい目玉になる」
「ふふ、伯父さんが喜んでくれるなら、僕も満足だよ。ちょうど、何かお礼がしたいと思ってたところだしね。で、キンスターくん。褒美は何がいいんだい?」
Rが玉座から立ち上がり、キンスターの前まで歩み寄った。するとキンスターは「それじゃあ」とゆっくりと顔を上げ……
「あんたの命を!!」
言うやいなや、両手に小型ナイフを握って飛び掛かった。しかし、
カキンッ
と、後ろから飛び出してきたゼラスにナイフをはじかれ、あっという間に組み敷かれてしまう。体術にも相当の自信があったキンスターだったが、大陸最強と言われるゼラスの前では、なす術もなく取り押さえられ、裸の尻に顔を潰されてしまった。
「んぐっ!!!」
「ふふふ、残念でしたー。これも想像通り。ゼラスくんを舐めちゃあいけないよ。彼のスペックは、7年も組んできた僕がよーく知ってるんだから」
ゼラスの形の良い生尻に顔を潰されながら、それでもキンスターの口元は笑っている。
「へ、へぇー。で、オレをどうしようってんだい?」
「そうだねー。せっかくいいプレゼントも貰ったことだし、どうせならもう一つ展示品を作ろうかなー。ねぇ、ドクター」
「んっ?おお、構わんが。どうせまた、ろくでもないこと考えとるんだろう」
一瞬の出来事にあっけにとられていたガトーだったが、Rに声を掛けられるとすぐに冷徹な笑みで答えた。キンスターがゼラスの下でもぞもぞともがきながら叫ぶ。
「フン、できるもんならやってみろよ。っていうか、臭いから早くどけさせなよ、この汚い尻!」
「まぁ臭いだろうね。僕のオモチャになってから風呂なんか入ってないだろうし。ふふ、でもキミもわかりやすいね。強がってても、余裕なくなってるのが簡単にわかっちゃうよ」
Rは幼さの残った端正な顔にニコニコと無邪気な笑顔を作って、まだ自分と同い年でしかない哀れな獲物を嘲るように見つめた。ゼラスの尻とペニスに視界を塞がれたキンスターにその表情は見えていなかったはずだが、その瞬間、彼の体がゾクリと震えた。
「このオレにこんなことして、ただで済むと思うなよ!」
キンスターの捨て台詞は、空しく部屋に響いて、消えた。
後編へ続く