帝国の落日・プロローグ

『2人のナイト』の関連作品です。

 

 

 

西方の大国、カストル帝国。

5年前に最大の競合国であった王国を騙し討ち同然に滅ぼした後、瞬く間に大陸を統一。世界でも1、2を争う大国にまで成長したこの国であったが、新たな問題も生まれていた。その強引かつ卑劣な侵略政策の犠牲になった難民や圧政に苦しむ国民たちが立ち上げたレジスタンスが勢力を増し、今や国政を脅かすまでになっていたのだ。重ねて、腹心たちを抑えきれなかったばかりに侵略を止められず、暴君の汚名を着せられた気弱で温厚な皇帝が、心労に耐えかねて崩御。3年前のことだった。
後を継いだ王子は当時若干12歳。だが父譲りの温厚さに加え、自分の中の正義を徹底して貫き通す覚悟も併せ持ったこの少年王のおかげで帝国の圧政は著しく改善され、治安は目に見えて改善しつつある。

それが、『R』には面白くなかった。
Rは、17歳の少年でありながら、帝国の総参謀を務める秀才である。皇帝であるハーヴェル・カストル少年でさえ、彼の素性は知らない。だが、5年前の王国攻めを立案、実行し、見事成功に収めた天才策略家で、誰もが彼の底知れぬ才能に畏怖を抱いている。
彼は、ある野望を抱いていた。そしてそのためにも、レジスタンスは一人残らず殺してしまわねばならない、と考えている。

「だめだよ、それは」

会議の席でレジスタンスの本部襲撃を進言したRをしっかりと見据えて、皇帝は静かに言い切った。

「無用な血は、流しちゃいけないんだ。そもそも、彼らだって国民だ。僕には、彼らを守る義務がある。そうだろう、R」
「でもねハーヴィー?「民衆」ほど傲慢で強欲な集団もないんだ。奴らを調子づかせちゃったら、最悪帝政を放棄して共和制を敷け、なんて言い出しかねないよ。」
「なら明け渡すまでだ。正直僕も、その方がいいいと思う」

さすがにこれにはRだけでなく、居並ぶ群臣も驚きを隠せなかった。皇帝は、そっと目をふせ、静かに続けた。

「それが、先代の………父の遺志でもあると思う。」

それはそうだろう、とRは思った。先代は、皇帝という重圧に潰されていた。帝位など民衆にくれてやって、静かな人生を送りたがっていた。そんな無能な皇帝の代わりに、Rと、もう一人の神童………現帝国大将軍のゼラスが、ほとんどたった2人で国をここまで育て上げた。だが、まだ幼さの残るこの皇帝は違う。無能ではない。有能でありながら、確固たる信念をもって、帝国を、自分の国を滅ぼそうとしている。
厄介だね、と心中で毒づきながら、Rは明るい笑顔を作って皇帝を見上げた。

「そっか、他でもないハーヴィーがそういうなら、どうしようもないね。でも、アジトはともかく、この城のすぐそばにある敵の要塞は当面の脅威だからさ」
「脅威でも、まずは話し合いで解決できないか?キミなら、いい案が浮かびそうだけど」
「うん。そうだね。和平の使者を向かわせるよ。武器も一切持たせない。それで向こうが大人しく要塞を明け渡してくれれば万々歳。文句ないでしょ?」

任せるよ、と、少年王は笑顔で言った。せっかく切れ者なのに、人が良すぎるのが難点だね、とRは不憫に思った。

「何を企んでいる」

ゼラス大将軍は、会議が終わるとすぐにRの執務室へ向かった。

「べっつにー?和平の使者を送るだけだよ」

ゼラスと2歳しか変わらないはずが、Rは、しかし幼さが消えない。頭の後ろで腕を組み、机に脚をのせて体いっぱいソファーにもたれかかるその様は、子供そのものだ。しかし、それさえ演技なのかもしれない、とゼラスは勘ぐった。

「言っておくが、ハーヴェルを裏切るようなマネをしたら、ただでは済まさんぞ」
「やだなぁ。そんなことするわけないじゃん」

ゼラスにとって、ハーヴェルは主君であるというより、弟に近い存在であった。世界一、といっても過言でないほどの剣の使い手であったゼラスは、10歳のころから、4歳下のハーヴェルの剣術指南を務めてきた。そして、ハーヴェルのため、帝国のため、幾多の戦場を潜り抜け、何人もの首を挙げ、そして………。
この少年とともに、悪魔に似た所業をも繰り返してきた。

「そんな汚いものを見る目で見ないでよ、将軍。しょせん同じ穴のムジナじゃない」

ゼラスは、言い返せなかった。もともと、R相手に何を言ったところで言い負かせるものではない。この少年は、まぎれもない天才なのだ。そして、その明るい薄緑の目の奥に、どす黒い何かが見える。帝国一の剣豪であるゼラスでも、Rにだけは恐怖に似たものを感じていた。
本当に悪魔なのかもしれない
そんなことを思いながら、ゼラスは無言で部屋を出た。

「おっと、これはこれは将軍サマ」

廊下に出たところで、ゼラスは金髪の背の高い青年に呼び止められた。

「軍師サマとご相談ですか?いや、あんたのことだから、どうせ皇帝閣下のために、愚民どもに頭を下げる方法でも相談に行ってたんだろ」

ヴァルフラム・ギース。ゼラスの下につく、騎士団の大隊長の一人である。貴族の出で高慢なところはあるが、これで実力も人望もある。まだ22歳だということだから、普通で言えば破格の若さでの大隊長抜擢であった。だが、この国には既にゼラスとRがいた。それをひがんでいるのだ。

「将軍、和平の使者には、オレが行くことになりました」

純白の鎧を光らせて、ヴァルフラムは簡単な辞儀をした。後ろには、同じく貴族出身の士官たちが、敵意のこもった目でゼラスをにらんでいる。

「そうか。では、くれぐれも頼む」

それだけ言うと、ゼラスは銀髪を靡かせて背を向けた。

「待てよ」

ヴァルフラムが回り込んで道をふさぎ、ゼラスの顔を覗き込んで低く問いかける。

「あんたには言っておくけどな、本当に武器を置いて出動しろって話だ。Rのことだから、きっと騙し討ちでもさせてくれると思ったのに、とんだ肩すかしさ。一体何考えてんだよあいつは、お前は、そして皇帝は!」
ヴァルフラムは、銀の小手をはめた拳を壁に叩きつけた。
「だからガキに政治なんて任せたらダメなんだよ。帝国200年の歴史が、今年中にも終わっちまうかもしれないんだぞ。納得できるかよ、そんなの!」

分かりやすい男だ、とゼラスは思った。ヴァルフラムも、彼なりに帝国のことを愛しているのだ。純粋で素直で、あるいはRなどよりもずっと気が合うだろうとも思う。貴族の間で次期大将軍にと担がれるのも最もな話だ。

「今は、皇帝の命に従ってくれ。それが、帝国のためなんだ。」

ゼラスが小さく頭を下げると、ヴァルフラムは面食らったような顔をして、それからゆっくりと道をあけた。

「ちくしょう」

去っていくゼラスの背に、ヴァルフラムの嘆きが聞こえた。

 

 

 

「ねぇシェミル。僕は、間違っているのかな」

日当たりのよい寝室で、皇帝ハーヴェルは静かに尋ねた。

「誰もが納得できる結末はないでしょう。ですが、血が流れるよりは、流れない方がいい、とは申し上げられます」

シェミルがそう言うと、皇帝は寂しそうに笑って「ありがとう」とつぶやいた。
シェミルはハーヴェルの家庭教師を務めてきた男で、政治感覚に優れ、王国を占領した際は執政官としてその建て直しに当たった。旧王国領で反乱が少ないのも、彼の善政のおかげと言っていい。

「ハーヴェル様。最近お疲れのようですね」
「僕なんて、シェミルやゼラスに比べたら。結局、何にもしてないしね」
「いいえ、貴方が皇帝になってから、この国は格段によくなりました」
「でも、レジスタンスの人たちはそうは思ってない。シェミル、実は僕ね、知ってるんだ」
「何をです?」
「王国の………2人のナイトのこと」

シェミルが息を呑むのを見て、ハーヴェルは、極力穏やかな声を絞り出して続けた。

「噂だけは聞いていたんだ。Rとゼラスが、あの国でとんでもないことをした、って。でも虐殺や略奪の形跡は一切ない。気になって、冒険者に頼んで見てきてもらったんだ。「王国博物館」をね」
「………申し訳ありません。私も取り払おうとはしたのですが、『アレは見せしめだから絶対に撤去してはいけない』と、R様が」
「Rもね、よくやってくれてるなって、感謝してるんだよ。でもね、僕はやっぱり、ああいうことは許されないと思うんだ。それを償うのが、僕の務めだと思う」

まっすぐな青い目で、皇帝はシェミルを見つめた。

(この少年なら、本当に紛争をなくせるかもしれない)

シェミルは自然と膝をついていた。

「身命を賭して、貴方に協力させて頂きます」
「こっちこそ、頼りにしてる」

皇帝はバルコニーに出て、夕日を浴びる要塞の方を見下ろした。

「今は、Rを信じるよ。それと、レジスタンスの人たちを」

風が吹いてきた。心地よい風。だが、生暖かい風。日が暮れるまで、ハーヴェルは要塞を見つめていた。

 

 

アヘ堕ちに続く

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